【緒言】小児のがん疼痛は薬物療法で症状緩和が困難となった場合,その後の方針に難渋することがある.今回,埋め込み型ポートを用いた硬膜外ブロックを併用し,高度の小児のがん疼痛を緩和できた症例を経験したので報告する.【症例】11歳男児.左腎細胞がんの診断にて左腎摘出術後,化学療法を施行したが数カ月後に再発,腰部の違和感を訴えるようになり緩和ケアチームへ紹介された.画像所見や問診によりがん疼痛を強く疑い医療用麻薬を導入したが,病状進行とともに疼痛コントロール不良となり,頭痛・悪心のため経口摂取が困難となった.薬物療法は限界と考え,持続硬膜外ブロックを施行したところ疼痛は軽減し,経口摂取も可能となった.患児の予後を鑑み,埋め込み型ポートを留置し治療を継続した.以後,外出可能なまでにquality of life(QOL)は向上した.【結論】神経ブロックは小児がんにおいても有効な治療手段となり得る.
Introduction: Relieving cancer pain in children poses significant challenges, especially when pharmacological therapies become ineffective or difficult to administer. This case report describes a pediatric patient with renal cancer who experienced severe lumbago and was successfully treated with implanted epidural analgesia. Case: An 11-year-old boy had been diagnosed with left renal cell carcinoma 1 year prior. After a left nephrectomy and postoperative chemotherapy, the patient experienced a local recurrence a few months later. The patient was referred to the palliative care team because of discomfort in the lumbar region. Detailed imaging and medical history strongly suggested cancer-related pain. Opioid therapy was initiated; however, the patient developed increasing difficulties with oral intake due to headache and nausea associated with escalating pain levels. Epidural analgesia was administered, which resulted in pain relief and improved oral intake. Considering the child’s prognosis, a subcutaneous implantable epidural port was placed to facilitate the continuation of treatment. Subsequently, the patient’s quality of life improved, allowing for activities such as outings. Conclusion: When facing the limitations of pharmacological therapies, a nerve block such as an epidural analgesic can be an effective therapeutic option in pediatric cancer treatment.
緩和医療においては,ときにがん疼痛を薬物治療によって緩和することが困難となることがある.なかでも,小児は疼痛の評価が難しく,疼痛管理に難渋することも少なくない.痛みは,身体的・心理的・社会的・スピリチュアルな要因の統合の結果生じる主観的なものであるとされているが1),とりわけ身体的苦痛が難治性であった場合,他の要因にも影響を及ぼし,著しくquality of life(QOL)が低下することが多い.今回,小児のがん疼痛において標準的薬物治療では除痛が困難であったが,埋め込み型ポートを用いた持続硬膜外鎮痛法によって良好な疼痛コントロールを得られた症例を経験したので報告する.
なお,本症例を学術誌に投稿するにあたり,ご家族の同意を得たうえで個人が特定できないように配慮した.
【症例】11歳,男児
【診断】左腎細胞がん
【主訴】左腰部の違和感
【現病歴】2022年に左腎がんの診断にて鹿児島大学病院(以下,当院)で左腎臓摘出術と術後化学療法を施行されたが,数カ月後に局所再発し,化学療法が再開された.経過中に左腰部に違和感を訴えるようになり,学校も休みがちになった.次第に臥床することが多くなり,夜間不眠・食思低下をきたし,経口摂取が困難となったため,当院小児科へ緊急入院となった.化学療法を継続したが,これらの症状が増悪することが予想されたため,身体症状緩和や心理支援目的に緩和ケアチームへ紹介となった.
【入院時現症】身長140 cm,体重35 kg.顔色良好,理学所見はとくに問題なし.左季肋部に術創を認めた.左腹部から同側背部・腰部にかけ「違和感が強く,1日のうちで波がある」「こするとよくなる」という訴えがあり,これらの症状による夜間中途覚醒も頻回に認めた.入院時の画像所見を示す(図1).造影CTでは,再発と思われる左後腹膜腫瘍を認め,1カ月前と比較し急激に増大していた.

左後腹膜に局所再発とみられる腫瘤を認める.
【入院後経過】経過の概要を図2に示す.症状増悪による夜間中途覚醒をきたしていること,「こするとよくなる」こと,これまでの経過や身体所見・画像所見から,患児が訴えている「違和感」はがん疼痛である可能性が高いと考えた.オキシコドン(OXC)速放性製剤を投与したところ,30分後には症状がほぼ消失し,「こすってほしい」という訴えがなくなったが,翌日よりうなり声や啼泣とともに同部位の疼痛を訴えるようになった.フェンタニル(FEN)持続静脈内投与を0.36 mg/日にて開始し1.5 mg/日まで増量するも,ボーラス投与で一時的にやや軽減する程度で,十分な疼痛コントロールが得られなかった.OXC注射製剤へスイッチングし320 mg/日まで増量,さらにヒドロモルフォン(HDM)注射製剤を併用し24 mg/日まで増量した.オピオイド総投与量は経口モルヒネ換算:約1600 mg/日となったが,安静時numerical rating scale(NRS):5/10程度と十分には疼痛軽減せず夜間不眠となり,さらに便秘増悪や悪心のため経口摂取が困難となった.薬物療法は限界と考え,当院ペインクリニックへ紹介,全身麻酔下Hickmanカテーテル挿入時に合わせ,硬膜外カテーテルを造影剤が第8から第11胸椎(Th8~11)に広がることを確認し留置した.0.167%レボブピバカイン(REB)3 ml/hrで持続硬膜外ブロックを開始したところ,NRS:3/10と疼痛は残存しながらも苦悶様表情はみられなくなった.「痛みはあるけど,ゲームはできているよ」という発言があり,経口摂取可能となるも,さらなる疼痛増悪に伴い局所麻酔薬を増量し,55日目には0.167% REB 5 ml/hrとなった.この時点での予後予測は困難であり,一方硬膜外カテーテルの長期留置は難しいことから,次の手段を検討する必要が生じた.主治医やペインクリニック医師と協議を重ね,自宅退院の希望があったことを鑑み,全身麻酔下に硬膜外ポートを留置することで,持続硬膜外ブロックの継続が可能となった.その後,局所麻酔薬0.75%ロピバカイン(ROP)1.5 ml/hrへの変更やオピオイドの硬膜外投与を追加することにより疼痛軽減が得られた.患児と母親の希望に沿い,在宅療養へ向けた準備が行われた.患児は,「痛みは3か4くらい.完全にとれることはないが,楽しさのほうが勝っている」とゲームに興じ,また映画鑑賞のために自宅へ外出するなどQOLは向上した.しかしながら,介入195日目に再度の病状進行とともに呼吸困難が出現,悪心や疼痛も再度増悪した.この時点で持続硬膜外ブロックは0.75% ROP 2.5 ml/hr,塩酸モルヒネ50 mg/日となっていた.硬膜外ブロックによる鎮痛は限界と考え,HDMの持続静脈内投与を48 mg/日まで漸増し,最期はミダゾラム(MDZ)24 mg/日による鎮静を開始,介入207日目に永眠された.患児の「自分の身体を医学の発展に役立ててほしい」という生前の意思とご家族の同意により病理解剖が行われた.腎細胞がんの転移は縦隔および腸間膜,傍大動脈リンパ節,両側肺,肝,胃,大網におよび,2700 mlと極めて多量の腹水が認められた.
がん疼痛治療の基本は非オピオイド鎮痛薬やオピオイド鎮痛薬を用いた薬物療法である.「WHOがん性疼痛に関するガイドライン」の2018年改訂によりWHO方式三段階除痛(鎮痛)ラダーは本文から削除されたが,現行のガイドライン2)においても「限られた薬剤を有効に利用するための教育ツールである」とされている.ただし,この方法でも鎮痛効果が得られない場合や薬物の副作用のため継続できない症例が10%~30%あると報告されている3).オピオイド鎮痛薬以外の治療法として,鎮痛補助薬,放射線療法,神経ブロック,インターベンショナル治療などがあり,神経ブロックについては,がんのいずれの病期の痛みにも適切な方法があれば適応があるとされている4).
神経ブロックは,局所麻酔薬の投与や神経破壊的処置などにより,末梢から中枢への侵害性入力の伝達を抑制または遮断することによって鎮痛効果を発揮する手法である5).治療早期に神経ブロックを導入することにより,疼痛緩和が得られる可能性がある.
本症例ではがん疼痛に対し,オピオイドの高用量投与にもかかわらず十分な鎮痛が得られず,また悪心などの副作用が出現したことから神経ブロックの適応と考えた.頭蓋内病変が否定されていないことから,脊髄くも膜下ブロックではなく硬膜外ブロックを選択した6).
小児の神経ブロックを検討するにあたっては,施行前後の疼痛評価をどうするか,手技中の体位保持が可能かなどの問題がある.小児は成人と比べ,痛みなどの抽象的かつ主観的な現象について定量化したり質を表現したりすることが不得手なことが多い.本症例では患児が自然科学の話題を好み,神経ブロックの話などにも興味を示すなど理解度が高い児と考えられたため,自己調節鎮痛法(patient controlled analgesia: PCA)によるレスキュー投与回数を評価の目安としながらも,患児によるNRSの訴えや表情,家族の訴えの内容も詳細に記録・共有した.また,神経ブロックは侵襲的な手段であり,手技中はわずかな体動でも重大な合併症につながる.背側から穿刺する手技においての体位保持は小児では難しいと考えられたため,本症例では全身麻酔下で行われた.安全に全身麻酔を施行するためには全身状態が良好である早期の段階において検討しなければならず,多職種・複数科にわたる情報共有などの連携が極めて重要である.
さらに,神経ブロックの有効性の限界もある.本症例において持続硬膜外ブロック継続により,数カ月単位での疼痛軽減が得られたが,病状進行とともに疼痛の再燃や呼吸困難をきたし,オピオイドの再増量を余儀なくされた.成人症例における硬膜外カテーテルは,留置後,先端周囲の線維化が10日以内に始まり,カプセル化に至ると麻酔効果が減弱することがあると報告されている7).本症例における硬膜外ポート造設時点の透視画像ではTh6~12の硬膜外腔が造影されており(図3),約5カ月間オピオイドの増量が必要なかったことから,経過中はこれらの神経支配部位の鎮痛は得られていたと考えられる.病理解剖の所見を踏まえると,持続硬膜外ブロックで鎮痛できる範囲を超えて病変が広がった結果,オピオイドの再増量や鎮静が必要となったと推測される.

Th6からTh12までの硬膜外腔が造影されている. Th6:第6胸椎,Th12:第12胸椎
本症例では介入時より厳しい経過となることが予想されていた.
回診は可能な限り精神症状担当医とともに行い,患児や母親の思いを丁寧に傾聴しつつ対応した.患児の1周忌後,両親ともに夜間不眠をきたし当院外来受診となった際,患児の名前をつけたぬいぐるみを持参していた.母親の希望は「この子が生きた証しが欲しい,何らかの形で残してほしい」というものであった.複雑性悲嘆へ移行する可能性を懸念し,精神症状担当医と連携しつつケアを継続している.
今回,緩和ケアチームが介入した期間は約7カ月間であった.「遊び」や「学び」が不可欠な小児にとって,神経ブロックは時機を逃さずに選択すべき治療法と考えられる.厚生労働省が定める「がん診療連携拠点病院等の整備について」においても,難治性疼痛に対し神経ブロックなどの対応が求められるようになった8).今後,がん疼痛に対する神経ブロックの必要性は高まっていくものと思われる.
また,わが国での小児がん患者に対する疼痛管理の現状はあまり知られていない9).鎮痛補助薬・放射線治療・神経ブロックなどはいずれも成人領域では治療法として確立しているが,現時点で小児では確立しているとは言い難い.今後,これらに関する知識や経験の蓄積が必要と考えられる.
小児は神経ブロックの適応を判断するのは容易ではない.しかし,施行可能な条件が揃えば,がん疼痛の緩和が得られ,QOL向上が望める有効な治療手段であることが示唆された.
すべての著者の申告すべき利益相反なし
野田は研究の構想およびデザイン,研究データの収集,分析,解釈,原稿の起草に貢献した.前川,佐々木,笠毛,萩原,榎畑,園田,中村,児玉,岡本,上野は研究データの解釈と原稿の重要な知的内容にかかわる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.