Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
ISSN-L : 1880-5302
症例報告
診断的身体所見を契機に,無自覚の持続的心理的緊張への洞察に至った一例—進行がん患者の筋筋膜性疼痛に対する心身医学的アプローチ—
蓮尾 英明 大谷 弘行松岡 弘道松田 能宣
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電子付録

2026 年 21 巻 2 号 p. 81-86

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Abstract

【背景】がん患者の疼痛には非がん痛が含まれることがあり,心身症傾向を伴う場合,その評価や介入は困難となる.進行がん患者に生じた心身症傾向を有する筋筋膜性疼痛に対し,心身医学的アプローチが奏功した一例を報告する.【症例】症例は70歳代男性で,夜間に出現する上背部の発作痛が問題となっていた.(i)良好な治療関係の構築を基盤に,(ii)心身両面からの評価を行い,失体感症を踏まえた病態仮説を医療者間で共有した.(iii)アームチェアサインを通じて無自覚の持続的上背部筋緊張の存在が患者と共有され,心理的緊張と身体症状の関連について患者自身が洞察するに至った.(iv)漸進的筋弛緩法の介入が可能となり,セルフケア行動が促進され,発作痛は軽減した.【結論】身体診察を媒介とした心身医学的アプローチは,症状のセルフケアを引き出す有効な枠組みとなり得る.

Translated Abstract

Background: Pain in patients with cancer may include non-cancer–related pain, and its assessment and intervention can be particularly challenging when accompanied by psychosomatic tendencies. We report a case of myofascial pain with psychosomatic features in a patient with an advanced cancer, in which a psychosomatic approach proved effective. Case: The patient was a man in his seventies who experienced nocturnal paroxysmal pain in the upper back. (i) Based on the establishment of a good therapeutic relationship, (ii) a comprehensive assessment from both physical and psychological perspectives was conducted, and a pathophysiological hypothesis incorporating alexisomic tendencies was shared among the healthcare team. (iii) Through the armchair sign, the presence of persistent, unrecognized upper back muscle tension was shared with the patient, leading the patient to gain insight into the relationship between psychological tension and physical symptoms. (iv) Subsequently, interventions such as progressive muscle relaxation became feasible, self-care behaviors were promoted, and the paroxysmal pain was alleviated. Conclusion: A psychosomatic approach mediated by physical examination may provide an effective framework for eliciting symptom-related self-care in patients with complex pain presentations.

背景

がん患者の疼痛には非がん痛もあり,その一つに筋筋膜性疼痛がある.筋筋膜性疼痛は,触診でトリガーポイントを認めることが特徴であり,痛みを訴えるがん患者のうち31%~45%に認める 13.筋筋膜性疼痛はストレスで悪化する症例が半数以上と報告されている 3.心身症は,身体疾患の中で,その発症や経過に心理社会的因子が密接に関与し,器質的障害ないし機能的障害の認められる病態である 4

その代表的特性である失体感症は,慢性ストレス下で出現しやすく,恒常性維持に関わる内的身体感覚に気づきにくく,社会的適応を優先しがちなため,適切なセルフケア行動へ結びつけにくい病態概念である 5.失体感症は,健常者の約20%,がん患者の約30%に認め,潜在的トリガーポイントの発症率が高いことが指摘されている 6,7

がん患者の筋筋膜性疼痛の標準治療は定まっていない 8.がん患者を対象とした無作為化比較試験では,トリガーポイント注射,筋膜リリース,虚血圧迫法が少数例報告されている 811.一方,心身症傾向を有する筋筋膜性疼痛でのトリガーポイント注射の有効性は低いことが示されている 3

心身医学的アプローチとは,心身症傾向を有する疾患を対象に,心理社会的因子と身体症状との相互作用(心身相関)を評価し,治療へ応用する過程を指す.具体的には(i)良好な治療関係の構築,(ii)心身両面からの評価,(iii)心身相関への洞察,(iv)治療への応用,の4段階から構成される 12,13.がん患者への応用報告は少ないが,心身症傾向を伴うめまいを有する進行がん患者を対象とした報告がある 14

失体感症傾向のある患者における(iii)心身相関への洞察には,アームチェアサインのような診断的身体所見が有用となることがある.アームチェアサインは,進行がん患者にみられる心身症傾向を有する筋筋膜性疼痛の補助診断法である(付録) 15

本稿では,進行がん患者に発症した心身症傾向を有する筋筋膜性疼痛に,心身医学的アプローチが奏功した一例を報告する.

症例

【患者】70歳代男性

【主訴】上背部痛

【既往歴】X−30年頃,喘息,アトピー性皮膚炎

【家族歴】不詳(本人の記憶なし)

【生活歴】喫煙:1日40本.飲酒:1日5合.

【心理社会的背景】中学生の頃に両親を事故で亡くし,中学卒業後より大工としてがん診断時まで一人親方として就労していた.X−40年に離婚後から集合住宅2階に独居.

【検査所見】血液検査:特記所見なし,画像所見:胸部CTにて左肺門リンパ節と癒合した左S4腫瘤影を認める.胸壁・肋骨への浸潤や胸膜播種像は認めない.

【使用薬剤】シクレソニド200 µg/日,ニトラゼパム5 mg/日,レンボレキサント2.5 mg/日

【現病歴】X−6カ月に前医にて肺がんStage IIIと診断された.本人の希望により延命を目的とした抗がん剤は行われなかった.X−3カ月より上背部痛が出現し,ロキソプロフェン180 mg/日,オキシコドン徐放製剤20 mg/日,オキシコドン速放製剤5 mg/日は,単独または併用で複数回使用されたが,十分な鎮痛効果は得られなかった.X年に在宅緩和ケア導入となり,その際に患者へ予後約3カ月と説明された.

【現症】身長158 cm,体重43 kg.ECOG PS1.疎通性良好で,表情は乏しい.呼吸音の聴取は良好で,右下肺野に乾性ラ音を認める.両側上背部の筋緊張は顕著で,僧帽筋,肩甲挙筋にトリガーポイントを多数認める.

【痛みに対する患者の解釈モデル】「退職してすぐに痛みが出た.今まで真面目に働いてきたのに,なぜ自分がこんな目に遭うのか」と,痛みと人生経過との関連づけを示唆する発言もあったが,痛みはがんの痛みとして身体的要因が大きいと考えていた.

【訪問診療開始後の経過】初診時,患者は両側上背部痛について,最大痛み数値評価スケール(numerical rating scale: NRS)10,平均痛みNRS 3と回答したが,実際の痛みの訴えは乏しく,医療者への気遣いがうかがえた(図1).一方,夜間帯には疼痛発作が頻回に出現し,訪問看護への連絡が増加した.看護師訪問時には,眉間に皺を寄せて痛みを堪える様子が認められた.鎮痛剤は希望せず,背部をさすると表情は和らぐものの,「痛みが治まった」という表現はみられなかった.

図1 疼痛強度,個別化鎮痛目標および失体感症傾向の臨床経過

NRS: numerical rating scale(数値評価スケール),PPG: personalized pain goal(個別化鎮痛目標値)

(i)良好な治療関係の構築(訪問診療開始1~2週目)(図2)

当初,患者は抑圧的な態度を示しつつ,「診察もなしに心因性といわれた」「がんの痛みなのに,ストレッチで治ると軽くいわれた」など,これまでの疼痛治療に対する不満を訴えた.患者は「痛みの進行=がんの進行」と捉えていた.医療者は,疼痛部位を丁寧に診察するなど,受容や共感を重視した身体診察を行う中で筋筋膜性疼痛を疑ったが,上背部筋緊張の自覚が乏しかったため,この段階では診断への理解は得られないと判断した.そのため,患者の解釈モデルを尊重し,希望に応じてCT検査を実施した.

図2 本症例における心身医学的評価および介入のフレームワーク

(ii)病態の心身両面からの評価(訪問診療開始3~5週目)(図2)

X−1カ月,関係性の構築に伴い,ライフレビューを語る機会が増え,「早くに両親を亡くし,妻や子供との距離が生じ,孤独を抱えながら仕事に没頭するなど,社会的適応を優先してきた」といった過去が語られた.失体感症尺度(失体感症傾向を評価する5件法23項目の尺度:得点範囲23~115点,本邦大学生の平均点56.3±10.2点) 16を測定したところ85点と高値であった.これらの情報を基に,失体感症を含む病態仮説を医療者間で共有した(図3).とくに夜間帯の疼痛増悪により訪問看護要請が頻回であったことから,当初,医療者側には対応への負担感が生じていた.しかし,病態仮説が医療者間で共有される過程で,疼痛訴えが単なる症状表出ではなく,不安や孤独を背景とした援助希求の側面を有する可能性が認識されるようになった.その結果,より共感的かつ肯定的な関わりが可能となった.

図3 痛みの病態仮説図

(iii)心身相関への洞察(訪問診療開始6週目)(図2)

X+2カ月,徒手療法や傾聴後に疼痛が軽減する経験を重ねる中で,「痛み=がん進行」という認知は徐々に後退した.しかし患者は疼痛を「るいそうによる筋膜性疼痛」と捉え,「自分ではコントロールできない」と表現していた.そこで診察時にアームチェアサインを施行したところ陽性であり,患者は自身が気づいていなかった上背部筋緊張の存在に気づき,驚きを示した.「寂しい人だと思われたくないと思いながら肩肘張って生きてきた.気持ちも張っていたのかもしれない」と語った.

(iv)心身相関の治療への応用(訪問診療開始7週目以降)(図2)

それ以降,患者は漸進的筋弛緩法に積極的に取り組み,「筋肉だけでなく,気持ちの張りも取れる」と語った.発作的な疼痛は急速に軽減し,夜間帯の訪問看護依頼は消失した(図1).一方で,定期訪問時には持続的な痛みの訴えが増加したが(図1),鎮痛薬や徒手療法を医療者に求めることはなく,不安や孤独感,生涯における承認体験の不足,現在受け入れられていることへの喜びなどを,感情を伴って語るようになった.失体感症尺度を再測定したところ53点と低下していた.X+7カ月時点で予後を超過しているが,心身ともに安定した生活を送っている.

考察

本症例では,意識レベルでは「がん進行への不安」,無意識レベルでは「孤独への不安」といった心理的ストレスを抱えており,その背景には防衛機制としての否認やスピリチュアルペインが存在していた可能性が考えられる.これらの心理的要因が筋緊張を介して,これらが筋筋膜性疼痛の発症および経過に関与した可能性が示唆される.筋筋膜性疼痛の診断基準では,参考規準の一つとして「ストレスにより疼痛が悪化する」ことが示されている 1.本症例はECOG PS1であり,日常生活動作は概ね自立していたことから,廃用や持続的不良姿勢のみでは十分に説明できない持続的筋緊張の存在が示唆された.この点は,心理的要因の関与を支持する所見と考えられる.また,心身症の定義を踏まえると 4,本症例の疼痛は,心身症傾向を有する筋筋膜性疼痛として理解可能である.

本症例では失体感症尺度が高値であり,患者は失体感症の特性を有していた可能性がある.失体感症は,心的防衛反応や社会的適応を優先する過程において,「身体感覚」への気づきが低下する傾向を示すとされている 17.患者は長期間にわたり物理的な孤独を抱え,仕事への没頭が主たる適応行動となっていたことが推察される.その結果,不安が高まっても意識化されにくく,がん罹患前にはアレルギー疾患の発症・増悪として,がん罹患後には上背部の筋緊張といった身体症状として顕在化した可能性がある.本症例においても,上背部筋緊張の自覚が乏しかったことが,筋筋膜性疼痛の診断への納得感の低下につながったと考えられる.

本症例ではアームチェアサインは陽性であった.著者らが行った小規模研究(症例数44例)では,アームチェアサインは進行がん患者にみられる心身症傾向を有する筋筋膜性疼痛に対して特異度100%を示し,陽性所見は同病態を支持する可能性があることが報告されている 15.本症例においては,アームチェアサインを通じて無自覚の持続的上背部筋緊張の存在が可視化されたことを契機に,患者は背景にある自身の持続的な心理的緊張や,それを否認してきた側面に気づき,人生史を踏まえた心身相関への洞察に至った.

本症例の主訴は発作痛であった.当初に持続痛の訴えが乏しかった理由として,申告された平均痛みNRSが2~3であり,個別化鎮痛目標値(NRS 5)が達成されていたことが挙げられる 18.失体感症傾向を有する進行がん患者では,個別化鎮痛目標値が高く(すなわち症状改善目標が低く)設定され,援助希求が乏しいまま,限界時に強い痛みを発作的に訴える傾向が報告されている 7.本症例では,訪問診療開始6週目のアームチェアサインを契機として,セルフケア行動が促進され,さらに個別化鎮痛目標値の低下(症状改善目標の上昇)と,持続痛の自覚を通じたセルフケア行動のさらなる促進につながった可能性がある.

本症例は単一例で身体的要因への介入も十分ではないため,心身相関モデルの有用性を示唆する仮説生成的報告にとどまる.

結論

心身症傾向を有する進行がん患者の筋筋膜性疼痛に対し,(i)良好な治療関係の構築,(ii)心身両面からの丁寧な評価,(iii)心身相関への洞察支援が実施されたことにより,(iv)症状のセルフケアが可能となり,疼痛軽減につながったと考えられた.

謝辞

本症例報告の作成にあたり,貴重な臨床経過を共有し,研究発表へのご理解とご協力を賜りました患者様に,心より感謝申し上げます.また,在宅医療および訪問看護の現場において,本症例に日々真摯に向き合い,診療・ケアに携わってくださった多職種スタッフの皆様に深く御礼申し上げます.さらに,本症例の解釈および心身医学的視点の整理にあたり,多くの示唆を与えていただいた日本心身医学会サイコオンコロジー委員会の委員の先生方に感謝申し上げます.

利益相反

すべての著者の申告すべき利益相反なし

著者貢献

蓮尾英明は研究の構想およびデザイン,診療への関与,データの解釈,原稿の起草に貢献した.大谷弘行,松岡弘道,松田能宜はデータ解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認を行い,研究内容の説明責任に同意した.

References
 
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