主催: 一般社団法人日本周産期・新生児医学会
会議名: 周産期学シンポジウム:周産期における鎮静・鎮痛・麻酔
回次: 29
開催地: 佐賀県
開催日: 2011/01/14 - 2011/01/15
p. 67-73
緒言
近年,わが国においても深部静脈血栓,肺塞栓症(venous thromboembolism:VTE)が社会的に注目を集め,決してその発生頻度の概数が欧米と比較して低くないことが明らかになった。その結果,VTE予防ガイドライン1)の導入,VTE予防管理料の健康保険点数化を経て,リスクの高い開腹術での予防的抗凝固療法も健康保険の適用となった。その背景にはVTE発症予防および死亡率の減少には理学的予防法に加えて抗凝固療法が必要である事実がある。こうした医療環境の変化は当然,産科血栓塞栓症管理に明らかな変更を導くこととなる。
近年臨床使用が可能となった低分子量ヘパリン(エノキサパリン)の帝王切開術後投与は諸外国のガイドラインでも推奨されている。特にイギリスでは,すべての帝王切開を受ける妊婦は予防的へパリン療法を受けるべきであるとされ2),フランスにおいても緊急帝王切開や3つ以上のリスクを有する予定帝王切開では7〜14日間の低分子ヘパリン投与を行うとしている3)。
低分子量ヘパリンであるエノキサパリン(クレキサン®)は,まだ十分な抗Xa活性を示す程度の短糖鎖ヘパリンで,血漿蛋白への非特異的結合が少なく血小板との相互作用もかなり弱いことから,ヘパリン起因性血小板減少症(heparin-induced thrombocytopenia:HIT)が少なく,ヘパリン誘発性骨粗鬆症のリスクが低くなる。またトロンビンの阻害作用が少なく,Xa因子への選択的な阻害作用があるため,出血性副作用が少ないなど多くのメリットがある。術後24時間以降に2,000IUを1日2回皮下注射する。一方,Xa阻害薬であるフォンダパリヌクス(アリクストラ®)は,プロトロンビンからトロンビンを産生する第Xa因子を阻害し,トロンビンから静脈血栓の生成に重要なフィブリンを形成するのを阻害する。術後24時間以降に,2.5mg(腎機能低下などにより1.5mgに減少)を1日1回皮下注射する。
これらのモニタリングは不要とされているものの副作用は皆無ではない4)。また,硬膜外カテーテル挿入や自然抜去に伴う脊髄硬膜外血腫の発生は稀であるが,発症した際には下半身麻痺などの重篤な合併症をきたす可能性がある5)。そのため,これらの出血性合併症を防ぐため適切な術後鎮痛法ならびに至適投与のための評価法確立が必要と考えられる。