主催: 一般社団法人日本周産期・新生児医学会
会議名: 周産期学シンポジウム:周産期における鎮痛・鎮静・ストレス緩和を再考する
回次: 43
開催地: 東京都
開催日: 2025/01/17 - 2025/01/18
p. 49-53
背景
帝王切開術後の鎮痛が不十分な場合は,産後うつや慢性痛のリスクが増加することが知られている1)。そのため適切な帝王切開術後の鎮痛の提供は重要である。しかし,術後疼痛の個人差は大きく,術後疼痛の程度を予測することは難しい。急性痛や慢性痛を強く訴える可能性のある集団を予測することができれば,より質の高い鎮痛管理が可能になる。脊髄くも膜下麻酔(以下,脊麻)のための局所麻酔薬の浸潤痛(以下,局麻薬浸潤痛)の重症度(皮膚を刺す針による疼痛を除く)は,帝王切開術後の急性痛と関連していることが報告されている2)。さらに,急性痛だけでなく慢性痛の重症度とも関連している3)。したがって,局麻薬浸潤痛を評価することは,重度の急性または慢性痛を発症する妊婦を予測する指標となる可能性がある。しかし,局麻薬浸潤痛を強く訴える産婦を判別する指標は存在しない。
近年,心拍変動を利用して解析されるAnalgesia/Nociception Index(ANI,Mdoloris Medical Systems,フランス)が手術後の急性痛を評価する客観的指標として使用されている4)。これは全身麻酔下の手術に限定されず,分娩中の痛みの評価にも使用されている5)。日本では,ANIと同じアルゴリズムを使用するHigh Frequency Variability Index(HFVI,Mdoloris Medical Systems,フランス)が2022年に発売され,RootⓇモニター(ソフトウェアバージョンV2.1. 4.6 INT,Masimo Corp.,CA,米国)に他の生理学的パラメーターと共に表示可能である6)。HFVI/ANIは,呼吸による心拍変動を分析し,主に心臓の洞房結節への副交感神経系刺激の変化を媒介とした呼吸による心拍変動を解析する。痛み刺激は副交感神経の緊張を相対的に低下させるため,HFVI/ANIスコアの低下をもたらす。HFVI/ANIスコアは0から100のスケールで表され,100は副交感神経の緊張が最大で,侵害受容レベルが低いことを意味し,0は副交感神経の緊張が最小で,侵害受容レベルが高いことを意味する7)。HFVI/ANIは,周術期の疼痛管理のpoint of care toolとして利用価値が高い。
今回我々は,術前の交感神経緊張が高い(すなわち副交感神経が抑制されている)産婦は,脊髄くも膜下麻酔時に施行する皮膚への局麻薬浸潤痛の程度が強いと仮定し,選択的帝王切開術を受ける産婦におけるHFVI/ANIと局麻薬浸潤痛の関連を調べるために本研究を立案した。