抄録
本研究の目的は,人工妊娠中絶の意思決定過程において女性が体験するアンビバレンスと意思決定状態,および手術前後のうつ状態との関連を明らかにすることである.北陸地方の1産婦人科診療所において,妊娠初期に人工妊娠中絶を希望する20歳以上の女性63名を対象に,研究者考案のバランスシートおよびベック抑うつ尺度から構成される自記式質問紙を使用し,中絶手術前ならびに再診時に回答を依頼し回収した.分析はノンパラメトリック法による検定,および一元配置分散分析を行った.その結果,意思決定の主体者が他者である女性は,「重要他者との関係性」「中絶の心理的影響」「妊娠の価値および対価」を重要視し,意思決定に迷いが大きく,決定が困難であり,決定までに時間を要していたが,意思決定の確信度は女性自身が決定の主体者である場合と差はなかった.高アンビバレンスであることは中絶の意思決定を困難にしていた.また,高アンビバレンスの女性,意思決定の主体者が他者である女性は手術前のうつ状態が強く,手術後もうつ状態の低下は見られなかった.うつ状態の強さは「重要他者との関係性」「中絶の心理的影響」と関連していた.以上のことから,妊娠中絶の意思決定は,日本文化における対人関係の持ち方や行動特性が関連していると推察された.妊娠中絶の意思決定過程においては,女性が妊娠中絶と妊娠継続の両者の気持ちを併存させていることを理解し関わり,意思決定を支えることが必要である.また,心理的不適応への支援を必要とする女性を見いだすこと,ならびに中絶手術前後の継続した心理的ケアの必要性が示された.