抄録
私達はニンジンにおいて体細胞から直接胚を形成する体細胞胚形成系を確立し、種々の研究を行ってきた。再生したニンジン植物体を2,4-Dで短時間処理し、次いで2,4-Dのない培地に移し培養すると細胞塊を経て、球状胚、心臓型胚、魚雷型胚を形成した後、植物体へと再生する。従来の体細胞胚形成系では細胞塊に2,4-Dを加えるとその後の形態形成が阻害的に働くことが知られている。今回は、2,4-Dが細胞塊からの胚の形成をどのように阻害するかを検討した。細胞塊を高濃度(1mg/l)の2,4-Dで処理すると、まったく胚が形成されない。その時の細胞塊の表層細胞をSEMで観察すると、表層の薄い膜のようなものが崩壊している様子が観察され、この崩壊が形態形成に深く関わっていると考えた。次に、2,4-Dで阻害された細胞塊と、2,4-Dを含まない培地で正常に胚形成が進行しているものとで差異的に発現する遺伝子をsubtraction法で検索した。その結果、胚形成が阻害された2,4-D を含む培地で培養した細胞塊において、特異的に発現している遺伝子をクローニングし、その全長配列を決定した。その遺伝子はトマトのpolygalacturonaseと高い相同性を持っていた。このことから、2,4-Dにより誘導されたpolygalacturonaseが細胞表層のペクチンを分解して、正常な形態形成を阻害しているのではないかと考えた。また、2,4-D によって阻害を受けた細胞塊の細胞壁画分に高いpolygalacturonase活性を確認した。