抄録
私達は、ニンジン体細胞から直接体細胞胚を経て幼植物体に至る系を確立して研究を行っている。即ち、短時間の2,4-D処理により体細胞は分裂を始め、不定形な細胞塊を形成し、それが球状の胚になり、やがて心臓型胚、魚雷型胚を経て幼植物体へと発達する。不定形な細胞塊の球状胚や心臓型胚への発達段階は胚の形態形成の中でも非常に興味深い過程である。
私達はこの細胞塊から球状胚を経て心臓型胚になる過程を連続的に観察した。その過程で様々な形態的変化が見られた。この中で、細胞塊の一部の細胞は盛んに分裂を繰り返し球状胚に発達するが、残りの部分は分裂を停止し退化するという現象が観察された。
また、私達はこの細胞塊に、細胞塊の一部の退化に関与すると思われる遺伝子を見出した。この遺伝子は、大麦の受精後に珠心が胚の発達に伴って退化する過程で発現するnucellin(Chen and Foolad, 1997)と相同性があることから、nucellin-like protein遺伝子と命名した。nucellinはアスパラギン酸プロテアーゼ様タンパク質をコードし細胞死に関わると考えられている。northern blot分析では、このnucellin-like protein遺伝子の転写産物は体細胞胚形成過程で初期および後期段階の細胞塊に強く発現し、球状胚でわずかに検出されたが、心臓型胚、魚雷型胚および幼植物体ではほとんど検出されなかった。