抄録
発芽後7日目のイネ幼植物(ゆきひかり)を5℃の低温で処理すると、ポリアミンの生合成に関与する、S-アデノシルメチオニン脱炭酸酵素(SAMDC)遺伝子の発現が増加することを既に報告した。SAMDCは、プトレシン(Put)からスペルミジン(Spd)やスペルミン(Spm)が生合成される酵素反応を触媒するため、今回は低温処理に伴うSpdやSpmの増加を調べた。その結果、予想に反して地上部(茎葉)ではSpdやSpmは殆ど変化せず、代わりにPutが増加することがわかった。これに関連して、種々の環境ストレスがイネのポリアミン生合成に及ぼす影響を詳しく調べたところ、茎葉では5℃の低温処理以外に、12℃の穏やかな低温や冠水処理によって、Putのより顕著な増加が起こることが判明した。また、以前から指摘されてきた、低温処理に伴うPut増大へのABAの関与を調べるため、イネ幼植物にABAを投与してPutの変動を調べた。その結果、ABA処理によって根のPutは増加するが、茎葉のPutはやや減少することが明らかになった。これらの事実から、12℃の穏やかな低温や冠水処理で誘導される茎葉のPutの蓄積には、ABAが関与している可能性が低いことが示唆された。その他、Putの生合成に関わるアルギニン脱炭酸酵素(ADC)遺伝子やオルニチン脱炭酸酵素(ODC)遺伝子の、環境ストレス応答に伴う発現量の変化について報告する。