抄録
葉緑体ゲノムは、葉緑体コードのRNAポリメラーゼ(PEP)と核コードのRNAポリメラーゼ(NEP)によって転写される。PEPはシアノバクテリアを起源とする原核生物型の酵素で、4種のコアサブユニットで構成され、主に光合成関連遺伝子の転写を行っている。一方、NEPは主に非光合成遺伝子の転写を行っており、ファージタイプのRNAポリメラーゼがNEPのひとつと考えられている。色素体の分化と発達の進行過程で、NEPとPEPをベースとした転写装置の変換が起こり、葉緑体遺伝子の発現が調節されている。以上のシナリオは維管束植物の研究から得られたものであるが、より下等な植物でも同じことが当てはまるのであろうか。我々は、コケ植物セン類の一種であるヒメツリガネゴケの葉緑体ゲノムにPEPのαサブユニットをコードするrpoA遺伝子が欠失していること、および核ゲノムにrpoA遺伝子が存在することを明らかにした。さらに、RpoA核遺伝子ノックアウト株を用いた解析により、コケ植物においてもNEPの存在を疑う余地がないことを見い出した。葉緑体遺伝子の転写を操る核ゲノムの実体について、コケ植物と高等植物で比較しながら議論したい。