抄録
アブシジン酸(ABA)によるシグナル伝達は、植物の低温や浸透圧ストレスに対する応答や耐性の獲得に関与している。ヒメツリガネゴケ(Physcomitrella patens)原糸体細胞ではABA処理によってストレス応答性遺伝子の発現誘導や可溶性糖の蓄積などがおこり、凍結耐性(耐凍性)が向上する。また、高張のマンニトール処理では内生ABA量が増加し、生理学的変化を伴った耐凍性の上昇がみられる。
ABAによる様々な生理的変化のなかで耐凍性を促進させる要因を探るため、ヒメツリガネゴケABA低感受性変異株AR1~7を紫外線照射処理によって単離した。すべてのAR変異株は、野生株が生育阻害をおこすABA濃度下でも生育することができ、ABA処理後の耐凍性は野生株よりも低い値を示した。特にABAによる耐凍性の上昇程度が低いAR4株では、ABA誘導性遺伝子の発現量やLEA様タンパク質、可溶性糖の蓄積において著しい減少がみられた。この変異株では、マンニトールによる浸透圧ストレスに対して強い感受性を示した。以上の結果は、ABA依存的な浸透圧シグナル伝達経路によって、凍結や高浸透圧溶液による脱水ストレス耐性が調節されていることを示唆している。