抄録
トレハロースは細菌,糸状菌,昆虫,甲殻類など広範囲の生物群に見出され,食品にも多く含まれる.生体内においては,乾燥等のストレス時の生体膜やタンパク質の保護物質,あるいは貯蔵糖や血糖として働く.植物にも微量存在するが,これらと異なり,シグナル分子として機能することが最近明らかになりつつある.我々はイネのストレス応答におけるトレハロースの機能をを解析しているが,その過程で興味ある知見を得たので報告する.水耕したイネ幼苗を5mMトレハロース水溶液に移し2時間処理し,処理前後の根組織由来のRNAを材料に,Agilent 22K DNAアレイを用いて解析した.トレハロース誘導性遺伝子の中にはERF, JAmyb, WRKY等の転写因子,キチナーゼ等のPRタンパク質をはじめとした病害応答関連遺伝子が大多数を占めた.ノーザン解析の結果,トレハロース処理後早期に転写因子群の一過的誘導が起こり,PRタンパク質は処理後徐々に誘導される傾向があった.トレハロース以外の主要単,二糖類処理では誘導は観察されなかった.次にトレハロースによる抵抗性誘導の有無を,いもち病菌の噴霧処理および葉面接種による病斑形成を指標に評価した.接種5日前のトレハロース(5mM)灌注処理により,病斑数の減少,病斑進展抑制が観察された.いもち病菌は,病原性の発現にトレハロースの蓄積を必要とすることから,イネにおいてはトレハロースをPAMPsとして認識する機構が存在すると推定された.