抄録
遊泳性の微生物の培養液では,細胞が水面に集合することで密度の不安定性を生じ,それによって対流が起きることが知られている。これは生物対流と呼ばれている。生物対流により,培養液に可視的なまだら模様や縞模様が形成される。1961年にこの名称が提唱されて以来,おもに流体力学の分野で生物対流によるパターン形成のモデル計算が行われてきたが,基本的には,細胞はまっすぐに運動する粒子で,細胞間相互作用がない,という前提で計算されてきた。しかし,生物対流の形成の際に,細胞がどのように運動しているのかを直接観察した研究はない。今回,側面観察顕微鏡を製作し,これを用いてクラミドモナス(Chlamydomonas reinhardtii)の細胞が作る生物対流の観察に成功した。細胞はらせん運動をしながら光に集まり,密集した状況では正常な遊泳が難しくなった。その後,激しく落下する部分が縦縞としてあらわれた。落下する細胞は塊をなしており,普通に泳ぐ細胞とは全く異なる動きを示した。さらに細胞株によって対流ができにくいものもあることがわかった。これらの観察から,クラミドモナスの生物対流には細胞の性質や細胞間相互作用が大きな役割を果たしていることが推定され,単に遊泳細胞の流体力学で考えられる以上の生物学的な内容が含まれることがわかった。