抄録
植物には、木部と篩部の2つの養分輸送組織がある。この2つの装置がうまく連動してはじめて、植物内の栄養や情報のスムーズな伝達が可能になる。したがって、この2つの組織は、その密な連携のためにお互いに情報のやりとりをしているのではないかと予想されていたが、情報の実体は不明であった。2006年に私たちは、細胞培養系を用いて、木部の形成を抑制する新規ペプチドホルモン、TDIFを発見した(Ito et al., Science, 2006)。TDIFは2つのプロリンに水酸基の修飾をもつ、12個のアミノ酸からなるペプチドであった。その後の研究から、TDIFを介した木部と篩部間のクロストークが以下のように明らかにされた。1)TDIFは師部組織によりつくられ、細胞外に分泌される。2)分泌されたTDIFは、維管束幹細胞に局在する受容体TDRに結合し、シグナルを細胞内に伝える。3)その結果、維管束幹細胞から木部への分化が阻害される一方で、維管束幹細胞の分裂は促進され、未分化な状態の幹細胞が増える。このようにして、師部からのシグナルが、木部細胞への分化を抑制し、過剰の木部をつくらせないという、師部から木部へ向けての制御機構が示された。