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膜脂質の代謝の研究では,合成が主に研究されていて,分解の研究は比較的手薄である。Gclustを用いて比較ゲノム情報を整理してみると,植物の脂質の分解に関わる酵素の遺伝子は合成に関わる遺伝子と同じくらい多数あることがわかる。グリセロ脂質の代謝では,実際に完全に分解するほかに,脂肪酸の交換による作り替えがあるが,これは脂肪酸組成に変化がない限り明確にわからない。この問題を研究するには,放射能ラベルした脂肪酸の取込も有効であるが,既存の膜脂質プールがどのように代謝回転しているのかを調べるには,安定同位体標識が有効である。私は以前にC-13を用いてシアノバクテリアの細胞を標識し,同位体の分子内分布を調べることによってアシル基の不飽和化がグリセリン骨格に結合したままで起きることを証明した。同じ手法を用いて,アシル基の交換を調べることができる。本研究では,シアノバクテリアの細胞を光合成的にC-13でラベルして得られる糖脂質MGDGの質量分析データをもとに,C-13含量の詳細な解析を行う手法を開発し,これを用いて得られた結果の一部を紹介する。脂質のリサイクリングの意義として,膜内での脂質のダイナミックな流れを引き起こすことができることを指摘したい。現今の分子レベルの研究は生命体構成部品の記載に終始している感があるが,こうした「流れ」を実証できれば,生命の研究に新たな可能性が開ける。