抄録
ミトコンドリア(mt)や葉緑体(cp)の遺伝子は、多くの生物で母親のみから子孫に伝えられる。従来、この現象は配偶子(精子・卵子)の大きさが雌雄で異なるためであると考えられてきた。しかし実際には、雄mt/cpDNAは、受精の過程で積極的に分解され、これが母性遺伝の引き金となるらしいことが、藻類、高等植物、粘菌、さらにメダカ等の脊椎動物において明らかになってきている。
雄mt/cpDNAはどのようにして選択的に認識され分解されるのか。この疑問を解くために、我々は緑藻クラミドモナスの葉緑体母性遺伝変異体を探索してきた。そのうちの一つBiParental(BP)31では、雌雄配偶子の融合は正常に起こるものの、雄cpDNAの分解、ペリクルの形成、接合胞子形成といった接合子成熟過程全般が完全に停止してしまう。遺伝子発現をみてみると、BP31では窒素飢餓応答遺伝子や細胞融合に関わる遺伝子の発現は野生株と同様であったが、接合子特異的遺伝子(ezy,zys,zsp遺伝子群)は発現せず、さらに雌配偶子特異的遺伝子(gsp1)も発現しなかった。GSP1は、接合子形成の際に雄配偶子特異的なホメオドメイン蛋白質GSM1と複合体を形成し、接合子成熟プログラムを開始することが報告されており、gsp1の発現抑制がBP31における接合子成熟プログラム異常を引き起こす一つの鍵であるらしいことが示された。