抄録
多細胞生物は、異なる運命をもつ娘細胞を生み出す不等分裂と同じ運命をもつ娘細胞を生み出す等分裂により、細胞数や種類を適切に制御している。これらの細胞分裂は発生段階や環境変化に応じて、厳密に制御されていなければならないと考えられる。
ヒメツリガネゴケ(Physcomitrella patens)の原糸体は頂端幹細胞の不等分裂により、分裂能を維持した頂端幹細胞と分裂能が低下した次頂端細胞を生み出す。この原糸体にABA処理を施すと、頂端幹細胞、次頂端細胞が分裂し、娘細胞は共に分裂能を維持してゆっくりとした分裂を続けた。ABAは環境ストレス応答の鍵を握っており、成長に抑制的に働くことが知られている。シロイヌナズナ等の先行研究から、ABAはサイクリン依存性キナーゼ阻害タンパク質(CDKI)を誘導することで細胞分裂を負に制御することが知られているが、 今回ヒメツリガネゴケのCDKI遺伝子破壊株を用いた実験結果から、ヒメツリガネゴケにおけるABAによる分裂の制御はシロイヌナズナ等の制御とは一部異なると考えられた。また、分裂によって生み出された娘細胞のサイズがほぼ等しく、分裂能を同程度に維持していたことから、ABAは不等分裂から等分裂への切り替えを誘導しているのではないかと考えられ、いくつかの不等分裂関連タンパク質や細胞骨格因子の局在の変化を観察し、ABA誘導の細胞分裂の詳細な解析を行っている。