抄録
植物のゲノムシステムは、核、葉緑体、ミトコンドリアの三つのサブゲノムから構成されている。この三つのゲノムは、少なくとも現存の植物種では、互いに独立かつ安定に保たれていると考えられてきたが、最近のゲノム解析の結果から、これらのサブゲノムの間では、従来の予想を遙かに超える頻度でDNA断片の移動や組み換えが生じていることが明らかになった。このような植物ゲノムのもつ高い流動性は、植物のトランスクリプトームにどのような影響を与えているのだろうか?この問題を検討するために、私たちは、モデル植物を材料にして、ゲノム上の高密度転写開始点マッピング、遺伝子トラッピング実験、プロモーター機能の可塑性、等に関する包括的な解析を進めてきた。その結果、植物の核ゲノムに外来構造遺伝子が挿入されると、しばしば、その近傍に新規の転写開始点が生じることがわかってきた。本研究では、このような転写開始点の出現メカニズムを、クロマチン構造の視点から解析した。その結果、植物核に挿入されたコード領域は、その上流近傍のヌクレオソームでヒストン成分のバリアントへの入れ替えを誘導し、さらに、転写開始複合体のリクルートと転写開始点の出現を引き起こすことが観察された。これらの知見は、植物には、ゲノムDNAレベルでの変動をトランスクリプトームに反映させるための、まだ未同定の分子メカニズムがあることを示している。