抄録
植物の第二生育制限栄養素であるリンは、自然生態系では最も欠乏している栄養素である。これにはリンが難溶性化合物となりやすい化学的性質も深く関わっている。この不可給態化しやすい性質もあり、リンは効きが悪い肥料であり過剰施肥を招き易い。これらのことから、農業が最もリンを多量に消費する産業となっている。そのため、リン酸の獲得能力、利用効率を向上させた、低リン酸耐性植物をバイオテクノロジーにより作出することの意味は大きいと考えられる。実際、リン酸の利用効率を分子改良により向上させることは1990年代後半から実験植物で試みられ、実用植物への応用が期待できるレベルのものもある。実際、有機酸放出による無機態リンの可溶化や有機態リン酸の可溶化に関わる分子改良は、複数のモデル植物や作物である程度の効果が確認されている。この分野では、最近のトランスポーター研究の進展を反映したより高度な分子改良が可能になっていると考えられる。例えば、リンゴ酸やクエン酸の輸送タンパク質の分子が特定されるとともにその制御機構も解明されつつある。一方、より実用的な分子改良を想定すると、植物体のリンの利用効率を高めることや、微生物との相互作用を強化することなどが考えられる。その可能性と問題点を、最近の国内外の知見をもとに紹介する。