抄録
シロイヌナズナの種皮は,一次細胞壁と細胞膜の間にムシレージと呼ばれるペクチン性多糖を大量に蓄積する特徴をもつ.吸水によって膨張したムシレージは,一次細胞壁を突き破り,種皮から放出される.放出されたムシレージは,種子の周りにゲル状のマトリックスを形成することで,発芽時の乾燥から胚を保護している.
我々は,分泌型のペルオキシダーゼ(PER36)が,ムシレージ蓄積細胞に一過的に発現することを見出した.PER36のT-DNA挿入変異体では,ムシレージ放出時の一次細胞壁の崩壊が起こらず,ムシレージの放出異常を示した.この一次細胞壁の崩壊異常は,細胞壁中のペクチンを可溶化させるEDTAやNa2CO3によって種子を処理することで改善した.PER36プロモーター制御下でPER36-GFP融合タンパク質を発現させたところ,ムシレージ放出の際に崩壊する一次細胞壁で強いGFPの蛍光シグナルが観察できた.したがって,PER36はムシレージ蓄積細胞において一次細胞壁の分解に関与していると考えられる.また,per36変異体では,野生型のムシレージで観察される細胞壁の繊維状構造が顕著に減少した.一般に,ペルオキシダーゼは細胞壁成分間の架橋反応を触媒して,細胞壁の構造を強固にすることが知られている.以上の結果は,PER36が一次細胞壁の分解とムシレージの架橋形成の双方を制御していることを示唆している.