2019 年 35 巻 2 号 p. 94-98
漏斗胸に対する外科的治療はNuss法が標準術式として定着している.低侵襲とは言われているが,前縦隔の剥離の際に心臓や血管を損傷し致死的となった報告もある.当施設ではこのような合併症を減らすため,胸骨挙上鈎と鏡視下手術用のメリーランド剥離鉗子を用いた安全な剥離方法に工夫を行っており,術中動画を供覧する.前縦隔剥離の手技は1.右側胸部肋間に5 mmトロッカーを挿入 2.人工気胸で肺を圧排し前縦隔の視野を確保 3.挙上鈎を用いて胸骨を挙上 4.胸腔鏡下でメリーランド鉗子を用いて前縦隔を剥離し,人工気胸の効果で速やかに対側胸腔に到達する.当院で手術を行った15歳以下の漏斗胸患者に対し,この剥離方法(A群:n = 21)と従来の胸骨挙上鈎を使わずにイントロデューサーのみで前縦隔剥離を行った群(B群:n = 34)を比較すると,前縦隔の剥離時間を短縮することができ(A群:220.5秒,B群:111.3秒,p < 0.05),合併症発症率(A群:4.8%,B群:8.8%)を軽減することができた.
Though the Nuss procedure for Pectus Excavatum is widely performed as minimal invasive surgery, some fatal cases have been reported due to cardiac or vascular injury during the mediastinum dissection. To avoid these complications, we started a new method using a lifting hook, Maryland dissector for laparoscopy. The surgical method 1. Two 5 mm ports of the thoracoscope are inserted. 2. The surgical view of anterior mediastinum is made by artificial pneumothorax. 3. The sternum is lifted with a lifting hook. 4. The dissection of the anterior mediastinum is started with the Maryland dissector. The layer of the avascular area can be easily ascertained by pneumomediastinum and the contralateral thoracic cavity can be seen.
We evaluated the operation time and complications in patients under 15 years of age who underwent the Nuss procedure, categorized according to the operation method into Group A (new method), Group B (the introducer only without the lifting hook). The anterior dissection times were 111.3, and 220.5 seconds (p < 0.05), for Group A (n = 21), Group B (n = 34), respectively. The complication rate were 4.8% and 8%, respectively. Anterior dissection of our method shortens the time of operation and reduces the occurrence of complications.
漏斗胸は胸郭の変形により胸の中央部が陥凹する疾患で,陥凹の程度は個人差があり,左右非対称な形状となることもあるなど形態は多様である.約1,000人に1人の発症率1)と言われMarfan症候群やEhlers-Danlos症候群などの結合織の異常をきたす疾患では高率に発症2)する.整容性,胸郭の形態の改善という目的に加え,陥凹した胸骨により気道や心臓を圧迫して喘息様症状や胸痛,息切れなどの症状をきたすために手術適応となる症例も多い.
漏斗胸に対する外科手術に関して,以前は胸骨挙上術(Ravich法),胸骨翻転術などが行われていたが,近年では金属バーを用いて胸骨矯正を行う胸腔鏡下胸骨挙上術(以下Nuss法)が低侵襲手術として全国的に広く施行され,当院でも標準術式としている.しかしNuss法は前縦隔の剥離手技を要するため,術中の心臓損傷3)や術後の感染による心タンポナーデ4),Nuss法術後の内胸動脈5)からの出血などの合併症の報告も散見され,必ずしも安全な手術とは言えない.当院ではこれらの合併症を防ぐため,2014年から胸骨挙上鈎の使用を開始し,2017年より鏡視下用手術器具であるヘラ型電気メスとメリーランド剥離鉗子を用いた安全な前縦隔剥離の工夫をしている.
硬膜外麻酔を挿入後,仰臥位,両上肢は肘関節を90°程度屈曲させ,肩関節を90°程度外転した体位で行う.無理な体位による術後知覚麻痺や神経痛などに関しては十分な注意が必要となる.術者は患者の右側,スコピストは術者の隣,助手は患者の左側に座って手術を行っている.
2)皮膚切開 ポート挿入(Movie 1)術前外来でペクタスバー(ZIMMER BIOMETM, Medical U&A, Osaka,以下バー)をフィッテングし胸郭の形に合わせて曲げておく.バーを患者の胸壁に当てて,皮膚切開の位置を決める.肋間の走行に沿うように2 cmの斜切開をおき,スタビライザーを挿入するバーに関しては2.5 cmの切開をおいている.2本以上のバーを挿入する場合は,それぞれのバー挿入予定部の斜切開の皮膚切開から皮下脂肪と筋層を切開し,5 mmポートを挿入し(Fig. 1),人工気胸(6 cm H20)とする.バーの挿入が1本の場合はカメラ用のポートを下位肋間の前腋窩線上に挿入する.
挙上鈎で胸骨挙上し,5 mmトロッカーを2本挿入し前縦隔を剥離する
次に胸骨挙上鈎(Medical U&A, Osaka)を用いて陥凹部を挙上する.陥凹部近傍の胸骨右縁に4 mm程の皮膚切開をおき,胸膜下を挙上鈎の先端を動かしながら鈍的に剥離する.内胸動脈を損傷しないよう注意し胸骨を挙上し固定する(Fig. 2).当院ではKent retractor(Takasago, Tokyo)を用いている.前縦隔はメリーランド剥離鉗子を用いた剥離を行っている(Movie 2).
胸膜と胸骨の間を剥離し内胸動脈(赤矢印)を損傷せぬように胸骨挙上鈎の先端(黄矢印)を挿入する.
前縦隔の剥離をして,左右の胸腔が交通したらPectus Introducer(ZIMMER BIOMET MICROFIXATION:以下イントロデューサー)(Fig. 3)を用いて綿テープを通す.綿テープをバーに結紮して,胸腔内に挿入して翻転させる(Movie 3).固定にはスタビライザーを用いることでバーの偏位を予防している.
イントロデューサー
肋軟骨切開は基本的に肋軟骨が固く矯正に差し支える場合に行い,抜去後の再陥凹を防ぐ目的もある.当院では20歳以上の場合はほぼ全例胸腔鏡下肋軟骨切開をおいている.30歳代で陥凹が強い症例に関しては前胸部から6 cm程の小切開をおいて切開して肋軟骨切開を行う症例もあったが,原則として胸腔鏡を用いて肋軟骨の切開を行っている(Fig. 4).抜去時の出血リスクを軽減する為にバーに近い血管を焼灼する処置(Fig. 5)金属バーを安定させるために剣状突起を削る処置(Fig. 6)に関しては症例に応じて適宜行っている.
肋軟骨の骨化がある20歳以上の症例は胸腔鏡下で切開する
内胸動脈の枝がバーに接する可能性がある場合は焼灼する
剣状突起の凹凸で金属バー偏移の原因となる可能性があるので焼灼し安定化させる
胸腔ドレーンは原則留置していない.術後疼痛予防にはIV-PCAと硬膜外麻酔を併用している.投与期間や量は麻酔科医師が疼痛に応じて調整をしており,術後1週間程度で硬膜外チューブを抜去している.
バーの留置期間としては原則3年としているが,バー感染や気胸などの影響により早期抜去となった症例もある.その他Nuss法の合併症としてバーの偏位,出血(肋間動脈からの出血),感染,バー感染,金属アレルギーが認められる.バー抜去時においても出血,血胸の報告6)は散見され慎重な手術手技が必要とされる.
2008年1月-2018年12月まで当院で漏斗胸患者にNuss法を行った219例のうち,15歳以下でかつ前縦隔剥離の術中動画が評価可能な症例を対象とした.胸骨挙上鈎のみを使用しイントロデューサーを用いて剥離した症例は除外とした.胸骨挙上鈎とメリーランドを使用する上記の新しい剥離法を用いた群(A群:n = 21)と胸骨挙上鈎もメリーランドを用いずにイントロデューサーのみで剥離を行った群(B群:n = 34)に関して術中の前縦隔剥離時間,術中合併症,術後合併症,患者背景(年齢,身長,体重,Haller index)について比較検討した.前縦隔剥離時間に関しては右胸腔から左胸腔に到達するまでの時間と定義した.統計解析はSPSS(IBM Ver. 25)にてMann-Whitney U testおよびFisher’s exact testを用いて計算し,p < 0.05を統計学的有意差があると定めた.
患者の年齢,術中術後合併症,入院期間に関しては2群間に統計学的有意差は認めなかった(Table 1).前縦隔剥離時間に関してはA群:111.3秒,B群:220.5秒であり両群間に有意差を認めた(p < 0.05 Mann-Whitney U-test).合併症の発症率に関してはA群では初回手術に陥凹の強い症例のみに感染した1例(4.8%).B群ではバー偏位による皮膚挫滅が1例,およびバー感染を2例で計3例(8.8%)認めた.合併症の発症率に関して両群に統計学的有意差は認めなかった(p = 0.573 Fisher’s exact test).
A群(n = 21) | B群(n = 34) | P value | |
---|---|---|---|
年齢(歳) | 12.9(6–15) | 11.8(7–15) | p = 0.116 |
身長(cm) | 158.0(117.0–175.8) | 151.6(109.4–180.5) | p = 0.203 |
体重(kg) | 42.6(20.3–59.4) | 39.5(17.5–55.2) | p = 0.287 |
Haller index | 3.87(2.68–6.34) | 3.86(2.43–10.6) | p = 0.854 |
前縦隔剥離時間(秒) | 111.3(2–435) | 220.5(77–1,807) | p < 0.05 |
合併症発症率 | 4.8%(1/21) | 8.8%(3/34) | p = 0.573 |
Nuss法の前縦隔剥離を安全に行う上で最も重要なのは,盲目的な剥離にならないよう胸腔鏡で観察しながら手術操作を行うことである.そのために当院では1)人工気胸 2)胸骨挙上鈎 3)ヘラ型電気メスとメリーランド剥離鉗子を使用した手術手技の定型化を行っている.人工気胸で肺が虚脱し前縦隔の視野の展開が良くなることに加え,前縦隔の粗な結合織にCO2が入ることで剥離しやすくなるという利点がある.胸骨挙上鈎は,前胸部の小さな傷から胸骨陥凹部を挙上することができる.シェーマ(Fig. 7)に示したように前縦隔の剥離ラインをストレート化することで鏡視下用の手術器具を用いた手術操作が可能となり,操作の安全性が増し盲目的な剥離を格段に減らすことができる.前縦隔を剥離するデバイスに関して,以前はイントロデューサーを用いていたが,陥凹が高く,変形が強い症例に関しては前縦隔の視野が悪く,視野を確保する為にも必要以上に広い範囲の剥離が必要となることもあった.ヘラ型の電気メスとメリーランド剥離鉗子を用いてピンポイントで最小限の剥離が可能となる.前縦隔の細かい血管を適宜止血しながら,剥離することができるので安心して操作を行うことができ,従来のイントロデューサー法と比べ側胸部の皮膚切開も小さく挫滅しないというメリットもある.
胸骨を挙上することで胸壁が上がり剥離のラインが直線化し盲目的な剥離がなくなる
今回の後方視的検討より新しい剥離法が従来の方法と比べ前縦隔剥離時間の短縮が示された.新しい剥離法を始めてから発生した合併症はバー感染の1例のみであり,抗生剤にて速やかに軽快している.その他の術中・術後合併症は起きていない.今後さらなる症例を積み重ね手術の定型化をすることで,合併症を減らすことができると考えている.
当院におけるNuss法の手術手技について動画を用いて報告した.前縦隔剥離操作を工夫し定型化することで手術時間を短縮し,合併症の発生を防ぐことができる可能性がある.