日本小児放射線学会雑誌
Online ISSN : 2432-4388
Print ISSN : 0918-8487
ISSN-L : 0918-8487
症例報告
広範な深頸部・縦隔気腫をきたした歯ブラシによる咽頭損傷の一例
源川 結 大森 多恵大坂 渓𠮷橋 知邦平井 聖子玉木 久光三澤 正弘
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2021 年 37 巻 1 号 p. 101-105

詳細
要旨

歯ブラシによる咽頭損傷により,重篤な縦隔気腫をもたらした1例を経験した.症例は2歳2か月男児.歯ブラシを咥えて転倒した.歯ブラシの破損はなかった.翌日から発熱と下顎部腫脹を認め近医受診.咽頭粘膜欠損なく,当院耳鼻科へ精査目的で紹介受診.喉頭ファイバーでも穿孔所見なく,熱源精査目的で当科受診となった.室内気で経皮的酸素飽和度(percutaneous oxygen saturation; SpO2)87%と低下し,コンピューター断層撮影(computerized tomography; CT)で深頸部から縦隔にかけて広範な気腫を認めた.低酸素血症を認め,急激な気腫の増悪の可能性があると判断し,小児集中治療室へ転送した.人工呼吸器管理・抗菌薬投与で後遺症なく救命しえた.

歯ブラシによる口腔・咽頭損傷は臨床的に多く遭遇するが,軽症例が多い.身体所見,バイタルサインの増悪所見があれば早期の頸胸部CT検査が重症化の診断,治療方針の決定に有効であると思われた.

Abstract

We experienced a case of severe mediastinal emphysema exacerbated by pharyngeal injury caused by a toothbrush. The case was a 2-year-old 2-month-old boy. He fell down with holding a toothbrush in the mouth. There was no damage to the toothbrush. From the next day, fever and swelling of the lower jaw were observed, and he visited a local physician. He was referred to our otolaryngologist for scrutiny without pharyngeal mucosal defects and referred to our department for the purpose of examining the fever source without finding any perforation in the laryngeal fiber. Percutaneous oxygen saturation (SpO2) decreased to 87% in room air, and computerized tomography (CT) showed extensive emphysema from the deep neck to the mediastinum. He was diagnosed with hypoxemia and the possibility of sudden exacerbation of emphysema, and was transferred to the Pediatric Intensive Care Unit (PICU). The patient was cured without any sequelae by ventilator management and antibiotic administration. Oral and pharyngeal injuries due to a toothbrush are clinically common, but there are many cases of minor injuries. Early physical examination of the neck and thoracic CT was considered to be effective in diagnosing worsening disease and deciding the treatment strategy if there were any physical findings and/or exacerbation of vital signs.

緒言

歯ブラシによる口腔咽頭外傷は多く臨床で遭遇する.受傷後の身体所見は乏しいが低酸素血症を認め‍コンピューター断層撮影(computerized tomography; CT)で評価したところ,縦隔気腫の診断に至った一例を経験した.歯ブラシ損傷による縦隔気腫は経時的に重症化する可能性があり,遅滞なくCT検査により画像評価を行うことが重要となる.

症例

患者:2歳2か月 男児.

主訴:耳鼻科から診察依頼,熱源精査目的.

既往歴・家族歴:特記事項なし,発達歴に異常指摘なし.

アレルギー歴:なし.

現病歴:4月26日21時に歯ブラシを咥えて転倒し,口腔内に少量の出血を認めた.歯ブラシの欠損はなく,飲水時に軽度の疼痛を訴えていた.母親は一部始終を目撃していた.4月27日朝より38.4°Cの発熱と右顎下部腫脹あり,近医耳鼻咽喉科を受診した.口腔内所見は指摘されなかったが,発熱と右顎下部腫脹の精査のため15時に当院耳鼻科を紹介受診した.喉頭内視鏡検査では軟口蓋と中咽頭の粘膜下出血を認めたが軽微な所見であるため,咽頭外傷後の熱源精査目的に16時に小児科受診(受傷17時間後)となった.

受診時身体所見(受傷17時間後):体重12.6 kg,GCS E4V5M6,BT 38.4°C,心拍数141回/分,呼吸回数29回/分,経皮的酸素飽和度(percutaneous oxygen saturation; SpO2)87%(室内気).意識清明で項部硬直はなし,呼吸苦はなかった.呼吸音は清,心音整で咽頭後壁の軽度発赤を認めた.右顎下部に長径10 mmの弾性軟のリンパ節を触知した.

両側頸部と左腋窩部に皮下気腫を触知した.

耳鼻科ファイバー所見(受傷16時間後):右軟口蓋粘膜下に点状の粘膜下出血,中咽頭後壁右側に粘膜下出血あり(Fig. 1).異物残存なく,喉頭蓋・声門にも異常を認めなかった.

Fig. 1 

喉頭ファイバー所見(受診16時間後)

軟口蓋粘膜下に点状出血(a),中咽頭後壁右側に粘膜下出血を認める(b).

血液・培養検査:Table 1に示す.凝固系,動脈血液ガス,痰・咽頭・鼻腔培養は転院後医療機関にて施行した.血算・生化学・血液培養は当科で採取(受傷17時間後),白血球増多と炎症反応の上昇を認めた.

Table 1  検査所見
【血算】 【生化学】 【血液ガス 動脈血(大気下)】
​WBC 26,100/μl ​TP 6.8 g/dl ​pH 7.407
​ Neut 78.8% ​Alb 4.8 g/dl ​PCO2 36.4 mmHg
​RBC 417/μl ​AST 14 U/l ​PO2 78.8 mmHg
​Hb 12 g/dl ​ALT 15 U/l ​HCO3 22.5 mmol/l
​HCT 26.9% ​LDH 358 U/l ​BE −1.3 mmol/l
​MCV 78.8 fl ​Cre 0.3 mg/dl ​lac 8 mg/dl
​PLT 26.9/μl ​Na 138 mEq/l
​Cl 103 mEq/l ​【培養検査】
​【凝固】 ​K 4.2 mEq/l ​痰培養 S. pneumoniae, H. influenza
​PT 14.5% ​CRP 4.86 mg/dl ​咽頭培養 正常細菌叢
​PT-INR 70 sec ​鼻腔培養 正常細菌叢
​APTT 41.8 sec ​血液培養 陰性
​Fib 444 mg/dl
​FDP 8 μg/ml
​D-dimer 4.4 μg/ml

血算・生化学・血液培養検査は当科で採取(受傷17時間後),その他は転院後に採取.

現病歴と耳鼻科受診時の所見より,当初は膿瘍などの創部感染を考え精査を進めていた.しかしSpO2を測定したところ,低酸素血症を認めた.身体所見を再度取り直したところ皮下気腫あり,胸部単純レントゲンでは軟部組織(⇦)と縦隔(◁)に気腫像を認めた(Fig. 2).低酸素血症も認めていたため,気腫の範囲を確認目的にCTを撮像した(Fig. 3).気腫が広範囲に及ぶため高度医療機関での集中治療が必要と判断し,同日他院の小児集中治療室に転院搬送となった.

Fig. 2 

胸腹部単純レントゲン(受診17時間後)

軟部組織(⇦),縦隔(◁)に気腫像を認める.

Fig. 3 

頸胸部単純CT(受診17時間後)

咽頭後壁,頸部(⇦)から縦隔(◁)にかけて気腫形成を認める.

CTDIvol 2.6 mGy, DLP 79.4 mGy·cm

CTDIvol: computed tomography dose index volume

DLP: dose length product

転院後経過:啼泣や体動による気腫の増悪の可能性を考慮し,気管内挿管で人工呼吸器管理を開始した.抗生物質は嫌気性菌を考慮しampicillin/sulbactam(ABPC/SBT)300 mg/kg/dayで開始した.入院病日2の血液検査で白血球数と炎症反応の上昇を認め,頭蓋底穿通による髄膜炎の可能性を考慮し,meropenem(MEPM)125 mg/kg/dayの投与とvancomycin(VCM)66 mg/kg/day投与に変更した.入院病日5の頸胸部CT検査で気腫の吸収と膿瘍がないことを確認後,気管内挿管を抜管,同日より経管栄養を開始しMEPM単剤へde-escaltionして計2週間投与を継続した.入院病日15の頸胸部CT検査でも異常なく,入院病日16に自宅退院となった.

考察

1. 歯ブラシによる口腔・咽頭外傷

歯ブラシによる口腔・咽頭外傷は臨床で比較的多く遭遇する.東京消防庁の報告でも,歯ブラシ外傷は2011年から2015年の5年間に213件発生し,そのうち160件(75%)が1~2歳児であり,契機としては転倒が多いとされる.その中で入院を要した中等症以上の症例は19例で8.7%と報告している1)

歯ブラシ損傷の好発部位としては軟口蓋,頬粘膜,硬口蓋の順で多いとされる.硬口蓋は骨で裏打ちされたような構造をとっており,硬口蓋に歯ブラシがあたり軟口蓋の方へ滑脱,外力が加わるため軟口蓋損傷が多いとされる2).本症例でも歯ブラシで一度しかついていないにも関わらず,軟口蓋粘膜下と中咽頭後壁に粘膜下出血を認めた.これも同様に歯ブラシが軟口蓋にはじめにあたり,口腔内で滑り咽頭後壁を損傷したものと推測される.

歯ブラシ損傷に伴う縦隔気腫の発生頻度は不明である.頸部と縦隔には間隙を介して連続体があるため,歯ブラシ損傷で縦隔気腫をもたらすことがある.間隙は筋膜間の疎性結合織あるいは筋膜に包まれた実質臓器であり,縦隔と連続するものとして頸動脈間隙・咽頭後間隙・危険間隙・椎体周囲間隙がある3).なかでも歯ブラシにより咽頭後壁を損傷した場合は咽喉後間隙を,口蓋弓の場合は頸動脈間隙を通じて縦隔気腫をもたらすとされている4)

縦隔気腫は胸痛や呼吸困難感の症状があるが,成人領域では5%は無症状で,80%以上が皮下気腫を伴うとされている.自覚症状を訴えることのできない低年齢の小児においては,重症化の可能性を考慮すると,CT検査による画像診断が早期診断に重要と思われる.

2. 画像評価のタイミングについて

歯ブラシをはじめとする口腔内の穿通損傷は,多くは軽症で積極的治療を要さない.重症化するのは咽頭外傷の全体の0.6%とされているが,合併症を伴うと死亡率は20–30%,神経学的後遺症は60%にものぼる6).小児科医は重症化の可能性がある症例を見逃さないようにしなければならない.現段階では画像評価の適応基準について結論はでていない.局所所見から損傷の深達度を評価するのは困難という理由で,成人領域では初診時に全例造影CTを撮像する方針としている施設もある.しかし小児では軽症例が9割を占め,鎮静や被ばくへの影響を考慮するとできる限り最低限の撮像にとどめるべきである.なお本症例の頸胸部CT被ばく線量はCTDIvol(computed tomography dose index volume)は2.6 mGy,DLP(dose length product)79.4 mGy·cmであり,比較的少ない線量での撮像であった7)

Randallらは過去の文献から児の口腔内外傷244例について検討し,脳神経症状があるようであれば画像評価をすべきと記している8).Sooseらは咽頭側方に内頸動脈が存在することから,咽頭側方外傷の場合は造影CTを撮像すべきであり,それ以外の時またはCTが撮像できない環境下では保護者に予測されうる症状(感染症状・神経症状など)を説明し,48–72時間観察することを推奨している9).また受傷後24時間以上経過してから症状を認め縦隔気腫の診断で入院加療を要した報告10)もあり,経時的に重症化する可能性があるので注意しなければならない.

歯ブラシ損傷は多くの合併症を伴うので,一元的にCT撮像基準を作るのは困難である.しかしながら本症例を通じて,外傷契機であってもSpO2を含むバイタルサインの確認,聴診所見や握雪感も含め身体所見の確認を行い,これらに異常がある場合は,重症化を考慮し早期診断・治療方針の決定の為にCTによる画像評価が有用であると考える.なお歯ブラシ損傷は通常の咽頭部刺傷より膿瘍形成をしやすい.発熱を認める症例では血液検査,嘔吐など髄膜刺激症状があれば髄膜炎の可能性を考慮して頭部CTや髄液検査も検討すべきである.歯ブラシ損傷例では局所所見から重症度の判断が困難であり,受診直後には症状に乏しい場合がある.意思表示が難しい小児でも,臨床症状に応じて頸部・胸部・頭部CT画像での評価をすることで,早期診断につながると考える.

結語

歯ブラシ損傷による口腔・咽頭外傷は受傷直後の身体所見に乏しくとも,経時的に重症化することがある.身体所見とバイタルサインを確認し増悪所見があれば,CT検査は早期診断と治療方針の決定の為に有用であると考えられた.

 

日本小児放射線学会の定める利益相反に関する開示事項はありません.

謝辞

本論文の作成にあたり,診療情報を提供していただきました東京大学医学部付属病院小児科小児新生児集中治療部松井彦郎先生に深謝いたします.

文献
 
© 2021 日本小児放射線学会
feedback
Top