日本小児放射線学会雑誌
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原著
VR(Virtual Reality)技術の医学教育への有効性
岡本 健太郎 荻野 恵伊藤 佳史松寺 翔太郎
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2021 年 37 巻 1 号 p. 68-74

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要旨

近年,急速に普及している仮想現実(virtual reality: VR)技術によって臓器の立体構造を3D表示し供覧することが可能となっている.今回,小児外科領域の医学教育においてのVRの有効性を検討することを目的として本研究を行った.

30名の被験者を無作為に2群に分け,一方には小児の上行結腸由来の嚢胞性疾患症例のCT画像(CT(ct→vr)群)を,もう一方には同症例のVR画像を供覧させ(VR(vr→ct)群),臓器の立体構造の理解度を測る試験を行った.次に,供覧するCT画像とVR画像を入れ替えて(CT(vr→ct)群,VR(ct→vr)群)クロスオーバー試験を行った.それぞれの試験の所要時間を比較すると先にVR画像を供覧した群(VR(vr→ct)群)が有意に短かった.また,正答率では先にVR画像を供覧した群(VR(vr→ct)群とCT(vr→ct)群)が有意に高かった.

臓器の立体構造の把握が難しい症例に関しては,先にVR画像で全体を把握後,CT画像を詳細に確認することが有効であると考えられた.

Abstract

Purpose: In recent years, it has become possible to display and view the three-dimensional structure of organs in 3D by the virtual reality (VR) technology that is rapidly spreading. This time, we conducted this study to examine the effectiveness of VR in the field of pediatric surgery.

Materials and Methods: Thirty students were randomly divided into two groups, one with CT images of cystic disease cases and the other with VR images of the same cases (CT (ct→vr) group, VR (vr→ct) group). A test was conducted to measure comprehension. After that, the CT image and VR image were exchanged (CT (vr→ct) group, VR (ct→vr) group) and a crossover test was performed.

Results: Comparing the time required for each test, that of the group that viewed VR was significantly shorter. In addition, the percentage of correct answers was significantly higher in the groups that previously viewed the VR images (VR (vr→ct) group and CT (vr→ct) group).

Conclusion: In cases where it is difficult to understand the three-dimensional structure of organs, it is considered effective to first grasp the whole with a VR image and then confirm the CT image in detail.

はじめに

1968年にヘッドマウントディスプレイ(HMD)が米国で開発されて以降,機器の小型化・低価格化が実現され,立体的な映像を映し出し仮想現実を体験できるVR(virtual reality)技術は著しく普及している.VR技術は医学の分野でも,手術シミュレーション13)や医学教育4)などへの応用が研究されている.若手医師や学生にとって,臓器の立体的な位置関係を正確に把握することができなければ,術前画像としての評価だけでなく,術式を理解するところまで到達することは困難であると思われる.今回我々は,VR技術の医学教育への有効性を実際の術前CT画像(Fig. 1)とそれを元に作成したVR画像(Fig. 2)を用いて検証した.

Fig. 1 

CT画像

上行結腸由来の石灰化を有する嚢胞性疾患の小児例.術前には腹腔内の腫瘍か,後腹膜由来かを迷う症例だった.

Fig. 2 

VR画像

術前のCT画像から作成した.骨や肝などの計10臓器を分けて抽出した.

方法

本学の学生30名を被験者とし,無作為に15名ずつの2群に分けた.使用したCT画像は上行結腸由来の石灰化を有する嚢胞性疾患の小児例とした.CT画像上の隣接臓器は,肝臓,腎臓,上行結腸,腸腰筋だった.VR画像はこのCT画像からSYNAPSE VINCENT(富士フイルムメディカル社)を用いて,肝臓,両腎臓,腫瘍,骨,上行結腸,腸腰筋,大動脈,胆嚢,脾臓,膵臓をそれぞれ分けて抽出後,3Dポリゴンデータへ変換した(Fig. 3).VR画像はVRヘッドマウントディスプレイであるVive®(HTC日本)を用いて表示した(Fig. 4).

Fig. 3 

3Dポリゴンデータから作成したVR画像

a:腫瘍は肝下面に存在している.

b:腫瘍は上行結腸に接している.

c:右側方から見た図.

d:前方から見た図.腫瘍の背面に右腎を認める.

e:右後方から見た図.

Fig. 4 

VR画像を供覧している様子

手元のコントローラーで画像の位置や大きさを操作する.

VR画像を供覧した群をVR群,CT画像を供覧した群をCT群とした.初回試験時にVR画像を供覧した群をVR(vr→ct)群,初回試験時にCT画像を供覧した群をCT(ct→vr)群とし,クロスオーバー試験を行った.2回目にVR画像を供覧した群をVR(ct→vr)群,2回目にCT画像を供覧した群をCT(vr→ct)群とした.CT画像はプレゼンテーションソフトのスライドショーモードで供覧した.VR画像はHMDを装着後,立体画像の回転や引き寄せ方のレクチャーを行った後に供覧した.被検者が見ている画像は,HMDを接続しているパーソナルコンピューターでモニタリングをし,被検者の供覧状況を確認した.各群に対して次の内容の試験を行った.

設問1)腫瘍と接する臓器は何か.正答1)肝臓,腎臓,上行結腸,腸腰筋.

設問2)腫瘍の上端の高さにある椎体は何か.正答2)第3腰椎.

試験の配点は,設問1)は正しい臓器を選択した場合に+1点,誤った臓器を選択した場合に−1点とし,4点満点とした.設問2)は正答で+1点とした.初回試験と2回目の試験は連続で行った.2回目の試験後に各々の有効性や欠点に対するアンケート調査,試験の結果公表及び解説を行った.それぞれの試験の点数,画像の供覧開始から解答終了時までの所要時間の結果を解析した.検定は,Mann-Whitney’s U testで行った.

結果

各群の平均所要時間は,VR(vr→ct)群:7分40秒±2分54秒(2分40秒~14分0秒),CT(ct→vr)群:9分46秒±2分41秒(5分25秒~16分36秒),VR(ct→vr)群:5分49秒±2分10秒(1分34秒~9分40秒),CT(vr→ct)群:7分41秒±2分52秒(3分28秒~13分7秒)であった(Fig. 5).平均正答率は,VR(vr→ct)群:74.7 ± 20.0%(40.0~100%),CT(ct→vr)群:50.7 ± 31.7%(0~100%),VR(ct→vr)群:62.7 ± 24.1%(20.0~100%),CT(vr→ct)群:80.0 ± 14.6%(60.0~100%)だった(Fig. 6).

Fig. 5 

各群別の所用時間

VR(ct→vr)群が一番短い.

Fig. 6 

各郡別の正答率

VR(vr→ct)群とCT(vr→ct)群に全問正答者がいた.

次に各群の結果を比較した.VR(vr→ct)群とVR(ct→vr)群をまとめたVR群と,CT(ct→vr)群とCT(vr→ct)群をまとめたCT群とを比較したところ,所要時間についてはVR群が有意に短かった(p = 0.018)(Fig. 7).正答率については有意差は見られなかった(Fig. 8).初回に画像を供覧したVR(vr→ct)群とCT(ct→vr)群を比較したところ,所要時間はVR(vr→ct)群が有意に短く(p = 0.035)(Fig. 9),正答率についてもVR(vr→ct)群が有意に高かった(p = 0.029)(Fig. 10).2回目に画像を供覧したVR(ct→vr)群とCT(vr→ct)群を比較したところ所要時間についてはVR(ct→vr)群が短い傾向ではあるが有意差は認めなかった(p = 0.19)(Fig. 11).正答率についてはCT(vr→ct)群が有意に高かった(p = 0.042)(Fig. 12).これらのことから,先にVR画像を供覧し,その後にCT画像を供覧した群が有意に正答率が高かった.

Fig. 7 

VR群とCT群の所用時間

VR群が有意に短い.

Fig. 8 

VR群とCT群の正答率

有意差は認めなかった.

Fig. 9 

VR(vr→ct)群とCT(ct→vr)の所用時間

VR(vr→ct)群が有意に短い.

Fig. 10 

VR(vr→ct)群とCT(ct→vr)群の正答率

VR(vr→ct)群が有意に高い.

Fig. 11 

VR(ct→vr)群とCT(vr→ct)群の所用時間

VR(ct→vr)群が短い傾向にあるが有意差なし.

Fig. 12 

VR(ct→vr)群とCT(vr→ct)群の正答率

CT(vr→ct)群が有意に高い.

アンケート結果は以下の様だった.VRの良い点としては,「解剖学的な立体関係をありのままに認識できる」,「操作が直感的で分かりやすい」,「臓器が立体として目の前に存在するため把握しやすい」,「臓器の中に入って見ることができる」,「教育へ導入した場合,学生が興味を持ちやすい」などが挙げられた.一方で,VRの欠点としては,「ヘッドマウントディスプレイの操作の習熟に時間がかかる」,「長時間使用すると目が疲れる」,「腫瘍の性状などが分からない」などがあった.VRの使用によって,頭痛やめまい,吐き気などを感じた人はいなかった.

考察

現在,日常生活においてもVR技術が普及しているが,医学の分野でも様々な施設で臨床や医学教育への応用が取り組まれている.3D画像を表示できるという特徴があるため,画像検査や手術支援の分野で実臨床に取り入れている施設も多い.先進的なものでは,拡張現実(augmented reality: AR)や複合現実(mixed reality: MR)という仮想空間と現実空間を融合することにより手術支援を行う方法の報告も散見される57)

試験・アンケート結果から,VR画像のほうが直感的に立体的な臓器の正確な位置関係を把握しやすいという特性が強いと思われた.Fig. 9で示すように先に見た画像がCT画像よりもVR画像であることにより,試験の所用時間が有意に短いという結果もそれを裏付けていると思われる.肝臓の立体構造の把握を3Dと2Dで比較した過去の論文でも3D画像を用いた方が短時間で立体構造を正確に把握できたと報告されている8)

一方でCT画像からポリゴンデータを抽出する際に,手作業で臓器の一部を切り取ったり,追加したりする必要があるため,VR画像は作成者の主観や思い込みに左右されて客観性が損なわれてしまうことが起こり得る.またVR画像の元データであるCT画像のほうが情報量が多いため,VR画像とCT画像のどちらか一方が優れていると結論付けるのではなく,これら2種類の画像を併用することが重要であると思われた.

さらに,Fig. 6に示すようにVRを先に供覧した群に全問正答者がいたことや,Fig. 10, 12に示すようにVR画像→CT画像の順に供覧したほうが,CT画像→VR画像の順よりも有意に得点率が高かったことから,先にVR画像を供覧することで,全体的な臓器の位置関係を把握し,その後のCT画像で立体的な位置関係をイメージしながらより細部の情報を補填できると考えられた.

本研究においては被験者が本学の1~5学年の学生であったが,その大半は第4学年であり,この結果がまだ医学に関する学習の浅い低学年や,すでに多くの手術を見学した5,6年生にも同様であるかは疑問である.また,CTの読影に熟達した医師にとってはVR技術が全く異なる効果を示す可能性もある.今後,被検者の対象をより広げて検討する必要がある.

今回は1症例の画像しか使用しなかったが,様々な症例のCT画像とVR画像を用いて,VR技術がどのような症例において有効であるかといった検証も重要であると思われた.特に,ポリゴンデータの作成に関しては,ソフトによってCT画像から臓器のポリゴンデータを自動抽出する際に,隣り合う2つの臓器のCT値が近い場合,その境界部分が正確に抽出されないため,余分なポリゴンを削除したり,足りないポリゴンを追加したりという作業が必要である.また場合によっては周りの臓器とのCT値の違いがほとんどないために全く自動抽出できないこともあり,このような場合は各断面のCT画像上で臓器の輪郭を目視にて選択していく必要がある.したがって,この臓器のポリゴンデータの抽出作業には非常に時間がかかり,本研究のVR画像の作成にも累計10時間もの時間を要した.また,上記の作業が必要なため,作成されたデータは作成者の技術や主観により左右されてしまう.細かい臓器の情報をVR画像に正確に反映するのには技術を要し,全ての情報を再現するのは難しいと思われた.これらの人的なバイアスを極力無くし,作業時間を短縮するために医用画像解析やAIを使用した臓器自動抽出の機能の向上が望まれる9,10)

また,HMDは閲覧時の没入感に関しては良いが,外界との視界が遮断されてしまう機器が多く,使用時の身体的な疲労なども問題になり得る.また,HMDを使用しての閲覧は通常のディスプレイを見るより煩雑である.今後は,現在開発されつつある裸眼で見える3Dディスプレイを使用していくと簡便に3D画像を供覧できて医学の分野でも使用用途が広がる可能性が考えられる.VR画像作成の簡便化と見るディスプレイの改善により,VRは医学教育の分野においてもより有効な技術となり得ると思われた.

結語

VR技術を医学教育の分野で使用する際,臓器の立体構造を把握するためには,まずVR画像を供覧することでより有効的に活用できると考えられた.

 

日本小児放射線学会の定める利益相反に関する開示事項はありません.

謝辞

本研究に協力して頂いた学生の立山幸樹くんに深謝いたします.

文献
 
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