日本小児放射線学会雑誌
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症例報告
リンパ管造影にリピオドールを用いた原発性乳び心膜症の小児例
治山 芽生 萩原 教文山本 真由柳川 幸重三牧 正和
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2022 年 38 巻 1 号 p. 60-65

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要旨

細菌性髄膜炎治療中に偶発的に発見された乳び心嚢液貯留に対して,リピオドールを用いたリンパ管造影で特発性乳び心膜症の診断に至った一例を経験した.症例は,生来健康な8歳男児.6歳3か月時に細菌性髄膜炎に罹患し,心臓超音波検査で心嚢液貯留を認めた.6歳7か月時,7歳9か月時に細菌性髄膜炎を反復し,その間に心嚢液は増減していた.前医で施行された心嚢ドレナージで,乳び心膜症と診断された.漏出部位確認目的にリピオドール使用下でリンパ管造影を施行するため,当院紹介となった.右大腿内側のリンパ節をエコーで経皮的に穿刺しリピオドールを用いて検査した.気管分岐部レベルで胸管から心嚢周囲への漏出が観察された.リンパ管造影は近年,鼠径リンパ節から直接造影する方法の有用性が報告され,これは侵襲性が低く小児に対しても有用である.

Abstract

We report a case of idiopathic chylopericardium diagnosed by lymphangiography using lipiodol during treatment of bacterial meningitis. A previously healthy 8-year-old boy developed bacterial meningitis at the age of 6 years 3 months, and echocardiography revealed pericardial effusion. He had a history of recurrent bacterial meningitis at 6 years and 7 months and 7 years and 9 months of age. The pericardial fluid volume often fluctuated during these episodes. Based on evaluation of the pericardial drainage fluid, he was diagnosed with chylopericardium prior to this admission. The patient was referred to our hospital to undergo lymphangiography (using lipiodol) to localize the leakage site(s). We performed echography guided percutaneous puncture of his right-sided inguinal lymph nodes, and lipiodol was injected. We observed leakage from the thoracic duct into the pericardial sac at the tracheal bifurcation level. Lymphangiography via the inguinal lymph nodes is a less invasive and useful approach that is increasingly being reported for direct imaging in children.

はじめに

乳び心膜症は原発性と二次性に分類される.二次性は胸部手術や外傷,頸静脈内の血栓,感染症,放射線治療,縦隔腫瘍,リンパ腫,急性壊死性膵炎,悪性腫瘍が知られている1).その病態は共通しており,心膜腔内に高濃度のトリグリセリドを含む心嚢液が貯留する1).これらは時に心タンポナーデを起こすことで早急な処置を要する心原性ショックに陥るため,正確な診断が求められている.乳び心膜症の診断方法は様々だが,リンパ管造影はリンパ管の漏出部位や解剖学的異常を同定することに優れているとされる2).また,造影剤にリピオドール(ゲルベ・ジャパン)を用いることで心嚢液貯留が改善したという報告も散見され,近年注目を集めている.しかし,二次性の乳び心膜症に関連する報告は多く存在するが,小児の原発性乳び心膜症にリピオドールを用いた報告は我々が調べた限り見つけられなかった.今回,偶発的に心嚢液貯留が発見された8歳の原発性乳び心膜症の児に対して,鼠径リンパ節からのアプローチによるリピオドールを用いたリンパ管造影を行い,漏出部位を同定できた一例を経験したので報告する.

症例

症例:8歳7か月男児.

既往歴:6歳3か月時に細菌性髄膜炎(起因菌:Streptococcus pneumoniae),6歳7か月時に細菌性髄膜炎(起因菌:Streptococcus pneumoniaeMoraxella nonliquefacinens),7歳9か月時に細菌性髄膜炎(起因菌:Streptococcus pneumoniae).

発達歴:特記事項なし.

周産期歴:特記事項なし.

現病歴:6歳3か月時に細菌性髄膜炎に罹患し,その際の胸部単純X線写真検査で偶発的に心拡大を認め,心臓超音波検査で心嚢液貯留を認めた.心嚢液貯留に関連した自覚症状はなく経過観察されていた.6歳6か月の時に心嚢液の増量を契機に前医を紹介され,アスピリン内服が開始された.6歳7か月時に再度髄膜炎発症時には心嚢液の増加はなかった.7歳9か月時に髄膜炎罹患時には心嚢液の増加があり,心嚢ドレナージを行い心嚢液が白濁していたため,原発性乳び心膜症と診断され,低脂肪食が開始された.その後,心嚢ドレナージは抜去されたが,再貯留傾向があった.漏出部位の同定および治療目的で当院に紹介となった.

入院時身体所見:身長134.8 cm(+1.22 SD),体重25.9 kg(−0.32 SD),体温37.3度,心拍数86回/分,血圧113/76 mmHg,経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)99%(室内気),呼吸数18回/分.

顔色・活気良好で自覚症状はなかった.胸部所見は,陥没呼吸なく,心音整で,呼吸音は清で左右差を認めなかった.腹部は平坦,軟で腸蠕動音異常なく,肝脾腫を認めなかった.

入院時血液検査所見(Table 1):特記すべき異常所見を認めなかった.

Table 1  入院時血液検査所見
〈血算〉 〈生化学〉 〈免疫血清〉
RBC 505 × 104/μL TP 7.1 g/dL IgG 901 mg/dL
Hb 14.6 g/dL ALB 4.5 g/dL IgA 109 mg/dL
Ht 44.4% T-Bil 0.60 mg/dL IgM 128 mg/dL
Plt 35.0 × 104/μL AST 28 U/L CH50 60 U/mL
WBC 66.0 × 102/μL ALT 15 U/L C3 111 mg/dL
Neut 57% LDH 187 U/L C4 26 mg/dL
ALP 997 U/L
〈凝固系〉 γ-GTP 16 U/L
PT秒 10.6 秒 T-CHO 177 mg/dL
PT% 100% TG 73 mg/dL
PT-INR 0.93 BUN 12.9 mg/dL
APTT 37.1秒 Cr 0.36 mg/dL
FIBG 273 mg/dL UA 4.0 mg/dL
Dダイマー <0.5 μg/mL Na 139 mEq/L
P-FDP <2.5 μg/mL K 3.9 mEq/L
Cl 103 mEq/L
CRP 0.02 mg/dL
HANP 16.7 pg/mL
BNP 7.1 pg/mL

入院時画像所見:胸部単純X線(Fig. 1)では,左第3弓・第4弓の突出があり,左右肺野の異常所見は認めなかった.心臓超音波検査(Fig. 2)では,Left ventricular ejection fractionは60%で,心尖部に最大42 mm,右房側面に最大27 mm,右室側面に最大19 mmのecho free spaceを認めた.

Fig. 1 入院時の胸部単純X線写真
Fig. 2 リンパ管造影施行前の心臓超音波画像

4腔像で心尖部に42 mm大のecho free spaceあり(矢印)

入院時心電図所見:V1,V2でlow voltageを認めた.

臨床経過:手技はInterventional Radiology-Computed Tomography(IVR-CT)室でプロポフォールによる静脈麻酔およびリドカインによる穿刺部の局所麻酔下で行った.超音波ガイド下に(LOGIQ S8,11 MHzリニア型プローブ,GE社)右大腿内側のリンパ節にフリーハンドで23Gカテラン針を穿刺した.リンパ節穿刺後,イオパミロンを投与し,リンパ管が描出されることを確認した.同部位からリピオドールを緩徐に投与し,4 ml注入した時点で乳び槽およびリンパ管が描出され,最終的に計5 ml(0.19 ml/kg)投与した(Fig. 3).造影剤の進みが遅かったため,穿刺針を抜去後に両下腿から大腿にかけてマッサージを行い,気管分岐部レベルで胸管から縦隔内へ逆流するリピオドールを認めた(Fig. 4).その際,IVR-CTで,心背側へ流れるリピオドールが観察され責任病変と考えた(Fig. 5).術後,穿刺部の疼痛,感染,血腫やリピオドールによる肺塞栓症や脳梗塞などの合併症を認めずに,翌日退院となった.退院後の経過観察で心嚢液の増加を認めた.

Fig. 3 鼠径リンパ節からリピオドールを投与
Fig. 4 リンパ管造影

気管分岐部レベルで一部胸管(矢印)から心嚢内へのリピオドールの漏出あり(矢頭)

Fig. 5 リンパ管造影後のCT所見

気管分岐部レベルで縦隔内へのリピオドールのリンパ管外漏出像あり(矢印)

考察

原発性乳び心膜症の中で多くを占めるのは特発性で,その頻度は,36–56%である1,3).特発性の詳細な機序は不明であるが,胸管から肺内リンパ管への逆流や,リンパ管拡張症による胸管内圧の上昇,リンパ管先天奇形,収縮性心膜炎,静脈閉塞などが推察されている1,4)

本邦における小児期に診断された原発性乳び心膜症の報告は医中誌で調べる限り2例であった3,5).乳び心膜症の画像検査は,①Sudan IIIを脂肪と共に経口摂取させた際の心膜腔内における分布観察,②13q-トリオレイン経口投与後の胸部放射能評価,③リンパ管シンチグラフィー,④リンパ管造影6)がある.①は心腔内へのSudan III色素の分布は観察できるが,リンパ管の走行異常を同定ができない.②は日本では保険収載がない.③は,侵襲性が低く,放射性同位元素の異常蓄積により心膜症の診断においては有用であるが,漏出部位の同定についてはリンパ管造影が優れており2),結紮部位の同定といった術前評価の目的に限定されることが多い2).実際,Yuらが過去の特発性乳び心膜症の報告を検討した結果104例中24例(23.07%)がリンパ管造影検査を行い,そのうち18例に異常所見が認められたと報告している1)

リンパ管造影のアプローチ法には,従来法である切開し露出した足背リンパ管よりアプローチするKinmonth法7)と,鼠径リンパ節に直接アプローチする方法がある8).鼠径リンパ節アプローチ法では切開の必要がなく侵襲性が低いことに加え,直接鼠径リンパ節から造影するため,検査時間を短縮し,被ばく量が少なく,投与する造影剤の量も減量可能と言われている.一般的に小児はリンパ管が細く,鼠径リンパ節が腫大していることから,より安全で簡便であるとされている8).本症例においても,鼠径リンパ節よりアプローチし,安全に施行することができた.

造影剤に関して,1958年にLeeら9)は,リンパ管造影において脂溶性造影剤の方が水溶性造影剤に比べて描出能が高いと報告している.リピオドールは,漏出部位を同定する本来の目的以外に,塞栓効果も期待できるとされている1012).その機序は,漏出部位の近傍にリピオドールが蓄積することで,局所的な炎症反応を誘発し,線維症を引き起こし塞栓に至るとされる13).本症例では,リンパ管造影による心嚢液貯留の改善を期待したが,術後,心嚢液の再増加を認めた.

リピオドールを用いたリンパ管造影の合併症は,穿刺部の疼痛・感染,アレルギー,軟部組織へのリピオドールの漏出,リンパ節の損傷によるリンパ管静脈シャント,リピオドールが体循環に迷入することによる脳梗塞,肺塞栓・肺胞出血等の報告がある10,13).このため,術前に右左シャントの有無の評価は必須である.また,成人例,小児例にかかわらず,リピオドールの投与量は,0.25 mL/kg以上になると合併症が増加するとされており,本症例でも同量以下の投与量で行った14,15)

結語

8歳児の原発性乳び心膜症の症例に対して,リピオドールを用いたリンパ管造影を行った.リンパ管造影を鼠径リンパ節アプローチにより行うことで,低侵襲に漏出部位を同定しえた.

日本小児放射線学会の定める利益相反に関する開示事項はありません.

文献
 
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