胸骨骨折は,長管骨骨幹部骨折や肋骨骨折と同様に児童虐待を示唆する最も特異な徴候の一つと考えられているが,文献的にはあまり報告されていない.胸骨骨折の多くは胸骨柄と体部の間で起こり,特に小児では分節脱臼/骨折の形式を示す.ルーチンの全身骨単純X線写真撮影法は,上肢との重なりや不適切な撮影範囲により,胸骨病変の描出が不十分で評価に適さない場合がある.胸骨を意識して,脊椎側面像を上肢挙上位で撮影する,胸骨側面ターゲット撮影を追加するなどの工夫が有用である.また胸部CTは急性期・陳旧性ともに骨折の検出に優れる.虐待を見逃した場合の影響の重大さに鑑みて,臨床的に虐待が疑われるにもかかわらず画像上の確証に乏しい場合には,胸部CTを積極的に用いることが正当化されると考える.日本医学放射線学会画像診断ガイドライン(2021)では,虐待を疑う状況における肋骨骨折の検出に関して,適切な線量設定のもとに胸部CTを行うことを弱く推奨している.
Sternal fractures are considered among the most specific signs of child abuse, along with the classical metaphyseal lesions of the long tubular bones and rib fractures, but are less frequently reported in the literature. Most sternal fractures in infants and young children show manubriosternal segmental dislocation/fracture between the manubrium and the body of the sternum. Skeletal survey may not adequately depict sternal lesions due to overlap with the upper extremities or inappropriate radiographic coverage. Lateral images of the spine with the upper limbs elevated are useful for clear sternal visualization, or lateral target imaging of the sternum can be added. Chest Computed Tomography (CT) is excellent in detecting fractures in both the acute and chronic phases. Considering the serious consequences of missing signs of possible abuse, we consider that aggressive use of chest CT is justified in cases where abuse is clinically suspected but not confirmed from radiographs. The 2021 guidelines from the Japan Radiological Society Imaging weakly recommend using chest CT with appropriate dose settings to detect rib fractures in situations of suspected abuse.
こどもの身体的虐待の診断において画像診断の果たす役割は大きく,単純X線写真による全身骨撮影が第一選択となる.全身骨撮影に際しては,虐待に特異性が高い骨折部位を念頭に置いた撮影がなされるべきであり,見逃しがないように複数の撮影方向からの評価が推奨される.ただ漫然と広範囲を含めた全身骨撮影が行われることがあってはならない.虐待に特異性の高い骨折として,長管骨骨幹端骨折や肋骨骨折は広く認識されている.しかし同様に特異性が高いとされる胸骨骨折は注目される機会が少なく,また報告数も少ない.
今回我々は胸骨分節脱臼/骨折が非偶発的外傷の発見の契機になった乳児症例において,全身骨単純X線写真では胸骨の描出が不十分であった経験をした.その経験を介して,こどもの身体的虐待に対する全身骨単純X線写真の撮影法とその限界,単純X線写真で評価が不十分な場合の対応に関しての見解を述べる.
意識障害を主訴に来院した乳児において,問診および理学的所見上はその原因が不明であった.原因検索のために施行した頭部単純CTで急性硬膜下血腫が認められ,意識障害の原因として頭部外傷が疑われたが,保護者は外傷の既往を否定した.硬膜下血腫の原因が不明であったため,他部位の外傷の有無を検索するために全身骨単純X線写真を施行した.ルーチン撮影法に含まれる胸部正面像,側面像,および斜位像において胸骨にアライメントの不整が疑われたが,周囲脂肪織の重なりなどにより断定は困難だった(Fig.1).そのため上肢挙上位で胸骨のターゲット撮影を追加したところ,胸骨体第2,第3分節の分節脱臼/骨折が認められた(Fig.2).その他の骨格には明らかな骨折は認められなかった.受傷機転不明の急性硬膜下血腫および胸骨分節脱臼/骨折をもって,被虐待児症候群の可能性が高いと判断した.院内および地域の担当部門により,両親による身体的虐待の事実が後日判明した.
胸部正面像(a)では胸骨は認識できず,側面像(b)でわずかに胸骨分節のアライメントの不整が疑われるが(→),断定は困難である.左前斜位像(c)は肋骨の描出に焦点をあてているため,胸骨(→)は認識しがたい.
胸骨に焦点をあてて,上肢を挙上して再撮影した側面像で,胸骨分節脱臼/骨折(→)が明瞭に描出されている.
身体的虐待の対象となる子供は2歳未満に多い.自ら症状を訴えることができないだけでなく,乳幼児の骨折は身体診察のみでの診断はしばしば困難であるため,その診断には画像診断が重要な役割をはたす.すなわち,少しでも虐待の可能性が疑われる場合に全身骨単純X線写真の施行が推奨され,保護者の発言と矛盾する骨折や,“非偶発的外傷を強く疑うことができる骨折”を指摘することが虐待の発見につながる.
虐待に特異性が高い骨折として長管骨骨幹端損傷(classical metaphyseal lesion),肋骨骨折(特に背側),棘突起骨折,肩甲骨骨折,そして胸骨骨折が挙げられる.また時相の異なる多発骨折,骨端離開,椎体骨骨折,乳幼児の大腿骨骨幹部骨折や頭蓋骨骨折も比較的特異性が高いとされている1,2).長管骨骨幹端損傷や肋骨骨折の機序として,児が強く揺さぶられることにより,脆弱な骨幹端海綿骨の剥離や肋横突起関節・肋軟骨結合部の損傷が生じることは広く知られている.またこれら特徴的な部位での骨折が交通事故や転落などの高エネルギー外傷ではほとんど生じることはないということも周知された考察である.
一方で,胸骨骨折は虐待に特異度が高い骨折とされるにもかかわらずその機序に関してはあまり知られていない.胸骨骨折の多くは胸骨柄と体部の間で起こり,特に小児では分節脱臼の形式を示す(manuburio-sternal dislocation).その機序として,2つの異なる機序が推定されている.すなわち,①前胸部に前方から強い外力が加わり胸骨柄や体部が偏位する場合と,②頸部の強い屈曲に伴って第2肋骨を介して胸骨柄の後下方への牽引が生じ,胸骨柄に対して体部が前方へ偏位する場合である(Fig.3)3,4).一人で動くことのできない乳幼児においては上記の受傷機序は自然には起こり得ず,何者かによって外力が加わった場合のみに限定される.そのため虐待の可能性をより疑わなくてはならない.一方,3歳以降では外傷機転の不明な症例や,転倒後数日経てから胸骨脱臼骨折が顕在化した症例も報告されており,中には脱臼した分節の軟骨に壊死組織を認めたという報告がある.何らかの原因を契機に軟骨が壊死して脱臼に至る可能性や,外力を契機に壊死が脱臼という形で顕在化した可能性等が考慮される.そのため虐待の可能性が下がる3歳以降では臨床所見と合わせてより慎重に判断する必要があると考える.
①前胸部に前方から強い外力が加わり(a)胸骨柄や(b)体部が偏位する場合と,②頸部の強い屈曲に伴って第2肋骨を介して胸骨柄の後下方への牽引が生じ,胸骨柄に対して体部が前方へ偏位する場合である.
胸骨骨折が虐待に特異性が高いことは広く成書にも記載されているが,その報告数は非常に少ない.その理由として,胸骨は胸鎖関節や胸肋関節など固有の関節を有しているため可動性に富み,そもそも脱臼/骨折しにくいという解剖学的な理由に加えて,骨折を検出しきれていない症例が多いのではないかと推測する.Hechterら5)は虐待による骨折1486例中,胸骨骨折は2例であったと報告している.胸骨骨折が少ない理由として,我々と同様に,撮影法によっては胸骨骨折を検出しきれていない可能性が否定できないとの考察を述べている5).
米国・英国および豪州放射線科3団体(American College of Radiology skeletal survey (2017), The Royal College of Radiologists skeletal survey (2019), The Royal Australian and New Zealand College of Radiologists (2015))で推奨されている全身骨単純X線写真の撮影範囲をTable 1に示す.この中で撮影範囲内に胸骨が含まれている画像は胸部正面・側面・左右斜位・脊椎側面像であるが,いずれも胸骨の描出を意識した撮影法とは言えない.すなわち,脊椎側面像では頸椎の良好な描出のために上肢を前方に伸展して撮影するため,胸骨が上肢と重なって十分に描出されていないことや,あるいは胸骨が撮影範囲外であることもしばしばある.また近年重要視されている胸郭斜位撮影は肋骨病変の感度向上のための撮影で,胸骨の描出は側面よりも不明瞭で評価に適さない.実際に当施設で撮影された全身骨単純X線写真を見返すと,上記撮影法では胸骨の描出が不十分であった症例が複数認められた(Fig.4A).そのため本症例の経験を生かして,以後当施設では胸骨の描出向上のため,①脊椎側面像を上肢挙上位で撮影する(Fig.4B),②必要に応じて胸骨側面ターゲット撮影を追加する,などで胸骨分節脱臼/骨折を見逃さないように工夫している.上肢挙上位での脊椎側面像では頸椎が描出不良となる可能性があるが,その場合は頭部側面像で撮影範囲を拡大する,あるいは頸椎の側面像を追加で撮影することなどで網羅している.単純X線写真1枚当たりの標準的な実効線量は0.02 mSvで,自然放射線への被ばく相当期間は3日間とされている.確定的影響におけるしきい値の最低値が100 mGyであることを考慮すると,単純X線写真の追加に関してはベネフィットが大きく上回っていると考えられる.
頭蓋の正面AP・側面像 |
全脊椎の側面像もしくは頸椎の正面AP・側面像と腰仙椎の側面像 |
胸部の正面AP・側面・左右斜位像 |
腹部・骨盤の正面AP像 |
両側上腕AP,両側前腕AP,両手PA,両側大腿AP,両側下腿AP,両足のAPまたはPA像 |
*頭部CT撮影時は頭蓋撮像不要 |
*体格の小さい児では,上腕~前腕,大腿~下腿を同時に撮影しても可 |
*上肢・下肢の正面像で骨折が疑われる場合は側面像を追加 |
AP:前後撮影,PA:後前撮影
従来当施設で撮影していた体位では(a),上肢を前方に出して撮影していたため,上肢帯の軟部組織と重なり胸骨(→)が明瞭に描出されていない.上肢を挙上位で撮影する工夫により(b),胸骨(→)の描出が良好となっている.
胸骨に限らず乳幼児の急性期の骨折の診断は容易ではない.症状としては圧痛を認めることが多いが,特に転位が乏しい病変の場合,急性期での指摘は非常に難しく,診断に苦慮することがしばしばある.そのような場合には,仮骨形成や骨膜反応が明らかになる2週間後を目安にフォローアップの骨単純X線写真撮影を行うことが有用であるとされる.8.5–12%の症例において,フォローアップ骨単純X線写真により急性期に指摘しえなかった骨折が指摘できたとの報告がある6,7).また近年では,もう一つの選択肢として低線量非造影CT検査の正当性が議論されている.CTは単純X線写真と比較して,急性期病変のみならず,陳旧性骨折の検出においても感度・特異度とも優れている8).日本医学放射線学会による2021年の画像診断ガイドラインでは,虐待を疑う状況における肋骨骨折の検出に関しては,適切な線量設定のもとに胸部CTを行うことを弱く推奨すると記載されている9).臨床的に虐待が疑われるにもかかわらず画像上の確証に乏しい場合において,虐待を見逃した場合の児の予後に及ぶ影響の重大さを鑑みれば,胸部CTを積極的に用いることが正当化されると考える.
胸骨骨折は虐待に特異性が高いとされるが,ルーチンの全身骨単純写真では検出が不十分な可能性がある.胸骨の十分な描出・評価を意識した撮影や,状況に応じて胸部CTでの検索を考慮する必要がある.
報告内容に関連し開示すべきCOI関係にある企業などはありません.
個人情報の開示がなく,また症例の特性から保護者からの同意取得が困難であるため,施設倫理委員会で同意取得が不要であると承認された.