2024 年 40 巻 1 号 p. 28-35
リンパ管腫(リンパ管奇形),リンパ管腫症,ゴーハム病,リンパ管拡張症は主に小児期に異常なリンパ管組織が浸潤するリンパ管疾患である.嚢胞性リンパ管腫は先天的に大小のリンパ嚢胞による腫瘤性病変で,起こる場所によって様々な症状を呈する.全身に拡張したリンパ管組織が浸潤するリンパ管腫症は,乳び胸水,心嚢水,骨溶解など病変の浸潤部位によって様々な症状を呈する.ゴーハム病も全身の骨が進行性に溶解する疾患で,リンパ管拡張症はリンパ管の先天的形態異常によって,浮腫やリンパ液が漏出する疾患である.これらは非常に似た症状を呈するが,病態が異なり,それぞれ画像所見も異なる.
最近では,PIK3CA/RAS遺伝子変異が病変部位から検出されており,mTOR阻害剤であるシロリムスがこれらの疾患の病状を高い確率で抑えることが国内外で報告され,2021年に本邦で薬事承認された.リンパ管疾患の病態,疾患の鑑別,および新規治療法について,小児科医,放射線科医に向けて概要を解説する.
Lymphangiomas, also known as lymphatic malformations, lymphangiomatosis, Gorham’s disease, and lymphangiectasia, are challenging lymphatic anomalies marked by abnormal growth and invasion of lymphatic tissue. Cystic lymphangioma presents at birth as a clump of lymphatic cysts of different sizes, leading to a variety of symptoms depending on the anatomical location. Lymphangiomatosis is characterized by widespread infiltration of lymphatic tissue, and can result in a range of complications including chylothorax, pericardial effusion, and bone dissolution, with symptoms dependent on the infiltration site. Gorham’s disease results in gradual erosion of bones throughout the body, whereas lymphangiectasia causes swelling and lymph fluid leakage due to congenital anomalies in lymph vessel structures. These disorders may appear similar clinically, but are distinct in their pathophysiology and radiological signatures.
Advances have been made in the genetic understanding of these diseases, with PIK3CA/RAS gene mutations identified in the lesions. Sirolimus, an mTOR inhibitor, has been recognized for its efficacy in managing these conditions and was approved in Japan in 2021 after showing good symptom control in national and international studies. In this review, the pathogenesis and diagnosis of lymphatic anomalies and emerging treatments will be introduced for pediatricians and radiologists.
難治性リンパ管疾患とは,一般型(嚢胞状)リンパ管腫(リンパ管奇形;lymphatic malformation, LM)や,リンパ管腫症,ゴーハム病,リンパ管拡張症などを指し,難治性かつ致死的である.頭頸部や胸部,腹部,四肢などの全身に異常なリンパ管の嚢胞性病変や浸潤性病変を起こし,正常組織の圧迫やリンパ液の漏出などによって,様々な症状が引き起こされる.それぞれが特徴的な病態を起こすとされるが,未だ不明な点が多い.これらは小児慢性特定疾病および難病に指定されているが,診断,治療法が十分確立されていない状況である1).
本稿では,脈管異常の主要な国際学会であるInternational Society of Studying Vascular Anomaly(ISSVA)が提唱したISSVA分類2)の中でのリンパ管疾患について,小児科医,放射線科医に向けて,それぞれの疾患の臨床的特徴を解説した上で,鑑別に有用な画像上の特徴を説明する.特にリンパ管腫とリンパ管腫症,リンパ管腫症とゴーハム病の鑑別が重要である.さらに近年,脈管異常の病態にPI3kinase/AKT/mTOR経路が重要であることが解明され,国内外でmTOR阻害剤であるシロリムスを中心とした「脈管異常に対する分子標的療法」という新たな治療戦略が注目されている.本疾患に対する分子標的治療薬の現況と研究の進捗についても加えて解説する.
ISSVA分類の中のリンパ管疾患は,LMとして分類される(Table 1).最も多い嚢胞状LM以外は,非常に稀な疾患であるが,どの施設でも診断や治療に難渋した症例の経験があるのではないかと思われる.通常は,病歴と臨床症状,画像検査によって診断をする(Table 2に各疾患の概念,特徴,鑑別点をまとめる).また悪性腫瘍など,他の疾患との鑑別には病理組織検査が必要な場合もある.臨床的な診断の上で,患者の症状や希望に応じて治療を行うことになる.その際には,小児科医,放射線科医のみならず,小児外科,形成外科,皮膚科など様々な診療科が連携して行わなければならない.
Lymphatic malformation(LM)リンパ管奇形 | 関連するとされる遺伝子 | |
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Common (cystic) LM | 一般型(嚢胞状)リンパ管腫 (リンパ管奇形) |
PIK3CA |
Macrocystic LM | マクロシスティックリンパ管奇形 | |
Microcystic LM | ミクロシスティックリンパ管奇形 | |
Mixed cystic LM | 混合型リンパ管奇形 | |
Generalized lymphatic anomaly(GLA) | リンパ管腫症,全身性リンパ管異常 | PIK3CA |
Kaposiform lymphangiomatosis(KLA) | カポジ型リンパ管腫症 | NRAS,CBL,HRAS |
LM in Gorham–Stout disease | ゴーハム病 | KRAS |
Channel-type LM [Central conducting lymphatic anomaly (CCLA), lymphangiectasia] | リンパ管拡張症 | EPHB4およびMDFICの生殖系列バリアント ARAF,KRAS,およびBRAFの体細胞バリアント |
“Acquired” progressive lymphatic anomaly (so-called acquired progressive “lymphangioma”) |
後天性進行性リンパ管異常 | |
Primary lymphedema | 原発性リンパ浮腫 | FLT4/VEGFR3,VEGFCなど |
Others |
日本語名 | リンパ管腫症 | ゴーハム病 | リンパ管拡張症(腸管,肺) | |
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英語,国際学会(ISSVA)での名称 | Generalized lymphatic anomaly(GLA) | Kaposiform lymphangiomatosis(KLA) | Gorham-Stout Disease(GSD) | Channel type,Central conducting lymphatic anomaly(CCLA),Primary intestinal lymphangiectasia(PIL),Pulmonary lymphangiectasia |
概念,定義 | 中枢神経系を除く全身の臓器に拡張したリンパ管組織が浸潤する.(リンパ管腫,リンパ管奇形は局所の大小の嚢胞が主) | 全身の骨が進行性に溶解する疾患で,溶解した部位はリンパ管組織に置換する. | リンパ管の先天的形態異常(リンパ管形成不全,胸管の閉塞など)によって,浮腫やリンパ液が漏出する. | |
臨床症状の特徴,検査所見 | 乳び胸水,心嚢水,縦隔腫瘤,腹水,脾臓病変(多発リンパ嚢胞),消化管出血,リンパ浮腫,骨溶解による病的骨折などを起こす.病変の浸潤部位によって症状は異なり,多彩である. | 病的骨折,四肢短縮,側彎などの他,溶骨部位の周辺臓器の症状に発展し,局所のリンパ浮腫,リンパ漏の他,肋骨や胸椎骨が溶解すると胸水など内臓病変を合併. | 異常なリンパ管の走行や閉塞によって,リンパ液が逆流,漏出し,胸水,間質性肺炎や腹水,腸管リンパ管拡張症のために低アルブミン血症,低栄養などをきたす.その閉塞,拡張部位によって症状が異なる. | |
類似した疾患との鑑別点 | (GLAとKLAの鑑別点) KLAは病変部位に紡錘型細胞の集簇を認める.血性の心嚢水,胸水,凝固異常(D-dimer上昇,血小板低下)が多く,GLAより明らかに進行性で予後不良.GLAはこれらの所見が無い,あるいはあっても軽度である. |
(リンパ管腫症との鑑別) ゴーハム病の骨病変は皮質の菲薄化,先細り,消失,進行性,浸潤性.リンパ管腫症は多発,髄質の溶解,嚢胞形成,非進行性が特徴. |
(リンパ管腫症との鑑別) 非常に難しい場合が多いが,リンパ管造影などの画像検査によって,異常なリンパ管の走行を確認する.明らかな腫瘤性病変がないことも特徴. |
LMは頭頸部,腋窩,縦隔など全身に大小のリンパ嚢胞が発生する疾患で,大きさによってマクロシスティック(一つの嚢胞の大きさが1 cm以上),ミクロシスティック・海綿状(1 cm未満),混合型(mixed)に分けられる1).熱感の無い軟らかい腫脹として触れ,局在によって気道など重要臓器への圧迫症状,醜形などが問題となる.経過中に急激な腫脹が起こった場合は,内部出血や感染の可能性が高い.また蜂窩織炎,非化膿性炎症なども時々起こる.
画像検査は超音波が特に有効で,皮下の嚢胞の構造や内容物などを容易に検出することができる.通常は隔壁で境界された無エコー病変であるが,内部に出血や感染があると高輝度のデブリや液面形成を認めることがある.カラードップラーを使用すると嚢胞の壁内や周囲に血流を認める.マクロシスティックは大きな嚢胞が単発から複数個あることが多いが,ミクロシスティック,混合型は高エコーな構造として描出されることがある.
MRI検査ではT2強調画像,STIR像で高信号病変となり,T1強調画像で低信号となる.嚢胞内に出血,感染があると不均一な信号強度を呈したり液面形成をする.ミクロシスティックは小さな嚢胞のため,病変全体がT2強行画像で高信号となる.MRI検査では内部の病変の深達度,周辺臓器への圧排などの評価に有用である.また静脈奇形では嚢胞構造内部に造影効果がみられる点が鑑別となる.実際の超音波,MRI画像はガイドライン2022に典型例が示されているので,参考にされたい1).
嚢胞状LMに対しては,一般的に外科的切除,硬化療法が行われており,外科的治療は四肢,体幹の皮膚・皮下に限局した病変で全摘出可能であれば,完治が望めるため,良い適応である.硬化療法は外科的切除と並ぶ治療法であり,一般的にはまず硬化療法の適応を考慮することが多い.本邦ではOK-432(ピシバニール)が保険適応となっているが,その他にブレオマイシン,無水エタノール,アルコール性硬化剤などが用いられることもある.嚢胞性LMと比較して,海綿状LMの場合は,硬化療法が無効な場合が多く,切除術が必要となる.広範囲であったり,周辺に重要な臓器があるなど全摘出ができない場合もある.新生児,乳児期や気道周囲で侵襲的なリスクが懸念される場合や病変が巨大な場合では,まずシロリムスを先行し縮小を狙う,それによって時間稼ぎをして手術時期を遅らせるという戦略なども,今後は考えられるだろう.
2. リンパ管腫症とゴーハム病リンパ管腫症は,中枢神経系を除く全身の臓器に拡張したリンパ管組織が浸潤する非常に稀な難治性疾患である1).ISSVA分類ではリンパ管腫症は全身性リンパ管異常(generalized lymphatic anomaly; GLA)とカポジ型リンパ管腫症(kaposiform lymphangiomatosis; KLA)の2タイプを定義されている3,4).KLAはリンパ管腫症の中で,特徴的な病理組織像や臨床像を持つ予後不良な一群であり,早期の治療が必要と考えられる.したがってGLAとの鑑別が重要であるが,未だ不明な点が多く,現時点では臨床的には“リンパ管腫症”として捉えておくことで問題は無い.
一方,ゴーハム病(Gorham-Stout disease; GSD)は全身の骨が溶解する疾患で溶解部分がリンパ管組織に置換するため,LMのひとつであるとされている2–4).厚生労働省難治性疾患克服研究事業のリンパ管腫症研究班が定めた「リンパ管腫症・ゴーハム病の診断基準」によると,「主要臓器である骨,胸部,腹部の中の一つ以上の臓器にリンパ組織やリンパ液が貯留すること」,および「病理学的検査で鑑別すべき疾患を否定し,拡張したリンパ管内皮細胞を証明」することによって,診断可能であるが,症例によっては生検が困難な場合もあるため,病理検査がない場合でも他の疾患を否定できれば,臨床的に診断可能となっている1).現時点では,これらの診断を厳密にすることはできないということになるが,今後は正確に診断することが治療法にも結び付くかもしれない.
GLA,KLAの症状は浸潤臓器によって異なるが,骨溶解による病的骨折や胸水,心嚢水,縦隔腫瘤,脾嚢胞,腹水,リンパ浮腫,血液凝固異常など多彩である(Fig. 1A–E).GSDは全身骨の骨溶解によって,局所の疼痛,腫脹,脆弱性,病的骨折,側彎,四肢短縮を起こす(Fig. 1F–H).四肢,頭蓋骨,脊椎,肋骨に多く,病変周辺の軟部組織浸潤も認める.
A–E:リンパ管腫症(A, B: KLA, C–E: GLA).特徴的な胸部(縦隔,肺浸潤)病変のCTおよび脂肪抑制T2強調MRI画像(A, B).脾臓に多発する嚢胞も認める(C).骨病変は髄質に多発することが特徴である(D, E).
F–H:右下顎骨,斜台,右側頭骨,右蝶形骨に骨溶解を認めるゴーハム病.骨溶解に伴い,右傍咽頭間隙周囲の骨内外にフリーエアーを認める.脂肪抑制T2強調MRI画像では浮腫などの病変が明瞭である.
GLA,KLAの骨病変は脊椎,四肢,骨盤,肋骨などに多く,髄質を中心に散在性に多発骨溶解を起こすのが特徴である(Fig. 1D, E).骨折を起こすことは少ないため,無症状であっても骨病変を持っている可能性があるため,本症と診断した際にはX線写真などで全身骨病変の検索を行い,早期診断と骨折リスクの回避が重要である.一方,GSDの骨病変は連続性,破壊的に進展し,骨端に至ると,関節を破壊することなく相対する隣接骨を侵すことが特徴である.画像上は骨髄内や骨皮質下に,境界不鮮明なX線透過性の亢進した病変として始まり,徐々に拡大,融合する(Fig. 1F–H).単純X線写真上は先細りや薄い殻状となるが,他の溶骨性疾患と違い,骨新生や反応性骨形成等は認められない1,4).骨溶解はCTがわかりやすいが,MRIはT2脂肪抑制画像にて周辺臓器への浸潤やリンパ浮腫などの範囲が明確になりやすいため有用である(Fig. 1H).
脾臓病変はほとんどが無症状である(Fig. 1C).また血小板減少やFDP,D-dimer上昇などの凝固異常も高率に認め,重度の血小板減少を来した症例は血胸などの出血症状を起こす症例もあり,注意するべきである3).
根治的な治療法は存在せず,多くの場合は対症療法となる.病変が局所の場合は,外科的治療が主となるが,ほとんどが全身性,びまん性であり,放射線治療や薬物療法が必要となる.薬物療法についてはシロリムスが保険適応となり,第一選択薬となり得る(詳細は後述).胸水貯留に対し,胸腔穿刺や胸膜癒着術や硬化療法,胸管結紮術などの外科的治療を行い,ある程度の効果が期待できるが,完治は難しい.リンパ管造影を行い,局所のリンパ漏出部位が特定できれば,局所手術や胸管の塞栓術なども有効であると言われている3).コントロール困難な胸水,心嚢水の症例や胸壁,胸膜に腫瘤性病変がある症例に対しては,不可逆的な呼吸障害に進行する前に,16–20 Gyの低用量の照射が考慮されるが,小児例の場合は晩期合併症のリスクがあるため慎重にしなければならない.
3. リンパ管拡張症,その他腸管および肺のリンパ管拡張症は,ISSVA分類ではChannel typeとされているが,中心リンパ管などリンパ管そのものの狭窄や拡張といった構造の異常によって起こるリンパ管疾患を指す.リンパ管腫症とどう区別するか,厳密には基準は無い状態である.臨床的にも多くの症例が厳密な区別をされているわけではないだろう(Table 2にGLA,KLA,GSD,リンパ管拡張症のそれぞれの特徴と鑑別法をまとめた).
例えば,GLA/KLA/GSDはリンパ管腫様の腫瘤性病変,リンパ管組織浸潤などが起こることが主の病態である.一方でリンパ管拡張症はリンパ管の構造の異常であり,先天性に胸水や腹水,浮腫などを伴い,全身的には腫瘤性病変を認めなかったり,骨病変も認めないという特徴がある.またリンパ管造影などでリンパ管の異常な所見(狭窄,拡張)があることが,一つの診断根拠となるだろう.治療に関しては,リンパ管腫症と同様の治療法となっているが,病態から考えれば,リンパ管の構造異常の治療として,リンパ管塞栓術や外科的治療などが優先されると考えられ,遺伝学的にもシロリムスの有効性は不明である.
さらに後天性進行性リンパ管異常(acquired progressive lymphatic anomaly)や原発性リンパ浮腫もLMのひとつとされている(Table 1).ここでは詳細は割愛するが,これらの疾患は様々な特徴を有するが,類似した症状が多く,診断に難渋するだけでなく,治療も難渋する1).
2009年に静脈奇形の病変組織よりTIE 2遺伝子の体細胞変異(正常な細胞の中の一部の細胞のみが遺伝子異常を持った状態,モザイク変異とも言う)が検出された.その後,次世代シーケンサーを用いたディープシーケンスなどの解析技術の進歩によって,より低頻度の異常を検出することが可能となり,様々な脈管異常の組織より,遺伝子変異が発見された1,3).ISSVA分類においても,疾患名に遺伝子名が記載されているが2),これらの多くがPI3kinase/AKT/mTOR経路やRAS/MAPKシグナル伝達経路上の遺伝子に異常を認めることが注目されているが,これは病態の解明だけでなく,分子標的治療薬の開発に繋がるためである(Fig. 2).その中でもmTOR阻害剤であるシロリムス(別名ラパマイシン)が,LMをはじめ,様々な脈管異常の病状を高い確率で抑えることが国内外で報告されており,新しい治療選択として注目されている.
リンパ管疾患は主にPI3K/Akt/mTOR,RAS/MAPKシグナル伝達経路上の遺伝子異常が病態と関連していると言われる.
ANG;angiopoietin,VEGF;vascular endothelial growth factor(血管内皮細胞増殖因子),VEGFR;vascular endothelial growth factor receptor(血管内皮細胞増殖因子受容体),GLA;generalized lymphatic anomaly(リンパ管腫症),KLA;kaposiform lymphangiomatosis(カポジ肉腫様リンパ管腫症),PROS;PIK3CA-related Overgrowth Spectrum(PIK3CA関連過成長スペクトラム),KTS;Klippel-Trenaunay syndrome(クリッペル・トレノネー症候群)
脈管異常に対するシロリムス療法は,2011年にシンシナティ小児病院のHammill AMらによって初めて有効例が報告された後,ボストン小児病院と共同でAdams DMらが多施設共同第II相試験を実施し,2018年にその高い有効性,安全性が報告されて以来,世界中で臨床試験が立ち上げられた5).
LMを含む脈管異常に対するシロリムスの有効性については,これまでに国内外より多数報告されている.LMに対しては,2018年にWiegandらが20の研究,71例(LM 45例,venolymphatic malformations 8例,capillary-lymphatico-venous malformations 19例)についてシステマティックレビューを報告している.新生児から64歳までの年齢分布であるが,主に小児期の症例で,全例が巨大な病変を認めていた.治療効果についてはそれぞれを単純に比較はできないが,63例中60例(95.2%)に縮小もしくは症状の改善などの反応を認めていたとしている6).
筆者らは,2015年から2018年に嚢胞性LM 5例,リンパ管腫症 6例(GLA 3例,KLA 3例),ゴーハム病6例,リンパ管拡張症3例,計20例に投与した臨床研究の結果を報告している7).平均年齢16.0歳(生後2週~55歳)に平均12.5か月間(6~30か月),トラフ濃度が5~15 ng/mlとなるよう投与した.70%(14/20)の症例において投与2週目のトラフ濃度が5 ng/mlに満たなかったため,増量した.投与後3,6か月時点における標的病変の体積をMRIにて測定し,20%以上縮小した場合に部分奏功(PR)としたところ,3か月時点で35.0%(7/20),6か月時点で50%(10/20)の症例がPRと判定された.また呼吸,循環,皮膚などの臨床症状や出血も有意に改善していた.またPR症例は臨床症状,QOLの有意な改善を認めた.縮小が得られなかった症例の中でも,QOLやリンパ漏などの臨床症状の改善を認めた症例もあった.
2020年のレビュー論文によると,報告例の初期投与量は様々であったが,脈管奇形に対するシロリムスの目標トラフは43.8%が5~15 ng/ml,33.3%が10~15 ng/mlであった.副作用は,口内炎が最も多く,レビュー論文では31.9%と報告されていた8).その他,高脂血症(16.5%),白血球低下(12.3%),胃腸障害(10.2%),発疹(8.2%)と続いていた.内服治療例の中で5.5%に感染症を認めていたが,中には乳児例に重篤な肺感染症を起こしたとする報告もみられており,感染後の重症化リスクが高い症例はST合剤による感染予防が推奨される.
岐阜大学では2014年頃より,難治性リンパ管疾患に対し,エベロリムスの臨床研究を開始した.シロリムスは,海外で腎移植後の拒絶反応の予防薬として承認されていたが,本邦では2014年にリンパ脈管筋腫症に対して承認されたため(商品名:ラパリムス,ノーベルファーマ株式会社,東京,日本),我々は脈管異常に対する適応追加を目指し,医師主導治験を計画した.2016年に日本医療研究開発機構(AMED)より研究費を獲得し,2017年より,リンパ管疾患(リンパ管腫,リンパ管腫症,ゴーハム病)に対するシロリムス錠の医師主導治験(難治性リンパ管疾患に対するNPC-12T(シロリムス)の有効性及び安全性を検討する多施設共同第III相医師主導治験)を実施した9).投与後52週時の標的病変の奏功率は54.5%(6/11例)であり,本薬が有効であることが示された.その結果を元に,薬事承認申請を行い,2021年9月に世界で初めて保険適用となった.
保険適用となったラパリムスの剤型は錠剤のみであり,乳幼児や経口摂取が困難な症例への投与ができないため,ノーベルファーマ社と共同で小児用製剤として顆粒剤を開発した.また2020年より,錠剤と顆粒剤を用いLM以外の難治性脈管異常(カポジ型血管内皮腫又は房状血管腫,静脈奇形又は青色ゴムまり様母斑症候群,混合型脈管奇形又はクリッペル・トレノネー・ウェーバー症候群)に対する効能効果追加を目指した治験(難治性の脈管腫瘍・脈管奇形に対するNPC-12T(顆粒剤・錠剤)の有効性及び安全性を検討する多施設共同第III相医師主導治験)を実施し,現在,薬事承認申請中である.
シロリムスの効能・効果は,難治性リンパ管疾患である,リンパ管腫(リンパ管奇形),リンパ管腫症,ゴーハム病,リンパ管拡張症とされている.一般的に難治性とは,従来からの外科的治療,硬化療法などの標準的治療のみでは治癒が困難な症例と考えられる.具体的には,病変部位が非常に大きい,多発しているなど,手術などを施行した場合に正常組織への侵襲が激しい場合,合併症のリスクが高く切除困難が予想される場合や,リンパ管腫症,ゴーハム病による胸水や腹水などのリンパ漏出などが挙げられる.治療歴の有無に関わらず,難治例と判断される場合はもちろんだが,シロリムスを標準的治療の前に開始することによって,先に縮小が得られ,臨床症状の改善や切除術の回避ができる症例も存在する.また乳幼児期は合併症のリスクのある手術に先行して投与することも考えられるだろう.したがって,既存の治療法を行い,効かなかったという場合だけではなく,シロリムスの投与によって,病変が縮小することにメリットがあると考えられた場合は,治療の適応とすると良いと筆者は考える.今後,硬化療法の前からシロリムスを投与することと,硬化療法後にシロリムスを行う群のどちらが効果的であるか,あるいはシロリムス単剤でどの程度の縮小を得られるか,シロリムスの有効例,無効例の予測など,様々な検討を積み重ね,シロリムスの治療の位置付けや最適なタイミングなどに関してのエビデンスが構築されていくことが望まれる.
シロリムスの添付文書によると,「通常,シロリムスとして,体表面積が1.0 m2以上の場合は2 mg,1.0 m2未満の場合は1 mgを開始用量とし,1日1回経口投与する.以後は,血中トラフ濃度や患者の状態により投与量を調整するが,1日4 mgを超えないこと」とされている.投与開始後10日から14日を目安にトラフ濃度を測定し,用量を調節する.治験では5~15 ng/mlとしていたが,臨床的には5 ng/ml以下でも十分な治療効果が得られていた症例もあり,その場合は無理に増量する必要はない.
経験的には副作用は濃度依存性と考えられ,5 ng/ml以下など低いトラフ濃度では発現率が低い印象である.また投与開始直後の口内炎出現率は高いが,投与を継続すると発現率が低くなる傾向がある.また痤瘡の発現は思春期,若年成人が多く,歯牙の未発達な乳幼児の口内炎発現率も低いなど,年齢に依存した副作用の発現頻度もあると考えている.治療開始時は特別なバイタルチェックは必要がないが,副作用として高脂血症,白血球減少などもあるため,ベースラインの採血と定期的な採血も行うことが望ましい.また治療中の生ワクチンの接種は禁忌であるが,肝薬物代謝酵素であるCYP3A4に作用する薬剤やグレープフルーツジュースなどは血中濃度が上昇する恐れがあるため,併用に注意する.またシロリムスは脂溶性のため,脂肪食の摂取後は吸収が高まる可能性があるため,投与は食後又は空腹時のいずれか一定にする.
副作用としては,先述の通り,口内炎の頻度が高く,時に経口摂取困難となる症例もある.常に口腔内を清潔に保ち,保湿することを指導し,出現した場合は,うがい薬やトリアムシノロンアセトニド軟膏などで治療する.痤瘡も皮膚に清潔に保ち,外用剤など通常の治療を行うことで対応する.間質性肺炎については注意すべき重篤な副作用であるが,頻度は低い.咳嗽,呼吸困難など疑わしい症状が出現した場合は,胸部CT検査などで評価し,適切に対処する.感染症についても免疫抑制作用のためにリスクが上がると考えられており,複数の免疫抑制剤の使用や易感染性がある場合は,特に注意が必要である.
治療効果の発現が早い症例の報告は多数あるが,我々は投与から1年間,変化を認めなかった病変が,その後に縮小した症例や,経時的に病変が縮小し,長期投与によって手術を回避できた症例などを経験している.それがシロリムスの効果なのか,自然退縮と言うべきかについては議論があるが,いずれにしても副作用などのデメリットが多くなければ,長く継続することによって効果を得られる場合もあり,疾患と付き合いながら病状を安定化させ,外科療法を回避し,緩徐に予後を改善させる治療薬であるというイメージを持っていただくと良い.また創傷治癒不良の報告があり,手術を行う前後は適宜休薬することが望ましい.シロリムス投与中であっても,硬化療法や手術などを行うことが患者にメリットがあると判断されれば,併用は可能である.このように薬物療法と外科療法のコンビネーション療法を行う時期などを主治医チームでよく検討することが,患者にとって最適な治療となると考えられる.
本稿では,難治性リンパ管疾患の臨床像とシロリムスを中心とした新規治療薬の開発状況,および治療の実際について解説した.今後,疾患の原因遺伝子がさらに明らかとなると,その遺伝子に対する分子標的薬による個別化医療が進むことが予想され,シロリムス療法はその先駆けとなると考えている.また現在実施中の顆粒剤を用いた治験の結果によって,LMのみならず,難治性脈管異常に対するシロリムス療法が確立されることが望まれる.
本研究に関して,ノーベルファーマ株式会社から薬剤(シロリムス)および共同研究費を得ている.
本研究については,日本医療研究開発機構(難治性疾患実用化研究事業,シロリムス(顆粒剤・錠剤)による難治性の脈管腫瘍・脈管奇形に対する分子標的治療法を開発する研究,課題番号21ek0109515h0001)にて実施致しました.また研究班に関わられた多数の先生方,および岐阜大学のスタッフに深謝致します.