抄録
月にはこれまで多くの彗星が衝突したと考えられ,月に水(氷)の存在する可能性が議論されてきた。一方,彗星中には種々の有機物が存在し、その多くは難揮発性の複雑な有機物であると考えられる。これらの有機物が月との衝突の際の分解を免れれば,現在も月上に存在する可能性が考えられる。この場合,彗星起源の有機物は月探査の重要なターゲットとなる。我々は、月のレゴリス環境下での有機物の反応(生成および分解)を調べ、これらの有機物の存在の可能性を検討している。
本研究では、過去の衝突によりもたらされた彗星有機物、あるいは月面上で生成した有機物の安定性について考察した。今回はアミノ酸の形態と環境による安定性の違いについて調べた。調べたパラメータは,i) 遊離か結合型(タンパク質・模擬星間物質に陽子線を照射したもの)か,ii) 模擬月レゴリスを加えたか否か,iii) 凍結乾燥により水を除いたか否か,などである。試料はPyrex管に封入し,室温,または液体窒素温度で東大原子力総合研究センターの60Co線源からのγ線を照射した。照射試料を酸加水分解後,アミノ酸分析計(Shimadzu LC-10A)を用いてアミノ酸の定量を行い,安定性を比較した。
凍結乾燥しないで照射した場合,遊離型アミノ酸よりも結合型アミノ酸の方が,また,レゴリスが存在した時の方が安定であった。一方,凍結乾燥した状態で照射したものは,15kGyまでの照射ではいずれもほとんど分解が検出されなかった。このことは,彗星などにより月に持ち込まれた後,水が昇華した場合,有機物は月面上で極めて安定に存在しうることを示唆し,これらが月探査のターゲットとなりうることを示唆する。