抄録
月の地殻形成がマグマオーシャン起源であると考えれば地殻の厚さはマグマオーシャンの規模、すなわち月の集積エネルギーが内部を温めるのにどの程度効率的に利用されたかを推定する手がかりとなり、これは月起源を明らかにする上で重要である。そこで本研究では地震学とは独立した観測結果である月地形データ (GLTM2C, Smith et al., 1997)・重力データ (LP165P, Konopliv et al., 2001) を用いてBouguer anomalyから予想される地殻-マントル境界層の起伏を求めた。Apollo計画による地震計測結果が得られて以来長い間、Apollo地震計測ネットワークが取り囲んでいた嵐の海周辺の地殻の厚さは、ほぼ60kmと考えられてきた。これはToksoz et al. (1974) や Nakamura et al. (1982) のPassive Seismic Experiment の総合的解釈に基づくものであり、重力・地形データから構築された過去の月地殻モデル (例えばNeumann et al., 1996; Wieczorek and Phillips, 1998) もこのApollo時代の地殻の厚さを制限としてモデル化されている。しかし、最近の月震データの再解析によるとApollo時代の結果より地殻が薄いとする結果が得られており (例えば45km: Khan and Mosegaad 20002; 30km: Lognonne et al., 2003)、重力・地形データから構築される月地殻モデルもこの新しい制限に基づいて更新されるべきである。重力・地形データから構築された過去の月地殻モデルは、いずれも地殻の密度は一定とされている。しかし月面の可視・近赤外反射スペクトルから表面組成の不均一性は明らかであり、従って地殻の密度も不均一であると予想される(例えばLucey et al., 1998)。そこで本研究では水平方向の密度分布として、Lunar Prospector のg 線観測の結果から得られた月面の鉄の存在度 (Lawrence et al., 2001) に着目した。月試料中の鉄の存在度と試料の化学組成から予想されるノルム密度によい相関があることから、本研究では月面の鉄の存在度と地殻物質のノルム密度の相関を用いて水平方向に分布を持つ地殻密度モデルを構築した。また、月の地震波速度モデルから地殻の密度は深さ方向にも不均一であると予想される。地殻密度の深さ方向の分布は、月岩石試料の弾性波速度の圧力依存性 (例えばMizutani et al., 1974) から空隙率の影響を見積もりモデル化した。