主催: 日本臨床薬理学会
会議名: 第46回日本臨床薬理学会学術総会
開催地: 東京都千代田区
開催日: 2025/12/05 - 2025/12/06
p. 42-
脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy:SMA)は、SMN1遺伝子の欠失・変異によりSMNタンパク質が欠乏し、運動ニューロン変性をきたす常染色体潜性遺伝疾患である。かつては乳児死亡最多の遺伝病とされ、Ⅰ型は未治療で2歳までに90%以上が死亡すると報告されていた。しかし本邦においても、2017年以降、疾患修飾療法が相次いで承認され、診療現場は大きく変化している。 2017年に薬事承認されたアンチセンス核酸であるヌシネルセンは、SMN2遺伝子のスプライシングを是正し、SMNタンパク発現を回復させる。2020年にはアデノ随伴ウイルス9型ベクターを用いた遺伝子治療薬オナセムノゲン アベパルボベクが承認され、単回静脈注射で外因性SMN発現を誘導できる点で画期的であった。さらに2021年には経口投与が可能な低分子リスジプラムが実用化され、中枢神経系だけでなく末梢組織に作用しうる利点が注目されている。これら3薬は、いずれも国際共同治験において生命予後・運動機能予後の大幅な改善を示し、SMA診療のパラダイムシフトを実現した。 発症予測キャリアに対する早期介入では、歩行や自立呼吸など、従来の自然歴では到達不可能であった発達マイルストンが獲得可能であることが示され、「1日でも早く治療開始すべき」というコンセンサスを形成し、各国で新生児マススクリーニングの制度化を推進させている。 一方で、治療が普及するにつれ新たな課題が明らかとなった。まず、すでに高度な神経変性や筋萎縮を呈する進行期・成人例では、従来の運動機能スケールでは効果を検出しにくい。さらに、疾患修飾療法の直接比較試験は存在せず、最適な薬剤選択や併用戦略を決定するエビデンスは乏しい。 これらの背景から、観察研究やレジストリによるリアルワールドエビデンス(RWE)の創出が不可欠である。日本では名古屋大学を中心に成人SMA患者を対象とした全国レジストリ(jREACT–SMA)が立ち上げられ、運動機能、ADL、QOLの縦断的データ収集が進められている。長期経過における治療有効性や継続判断、さらには新規バイオマーカー探索に資するデータ基盤として期待されている。 SMAは「乳児死亡最多の遺伝病」から「遺伝子治療成功の象徴」へと変貌を遂げた。今後は臨床試験、RWEなどを統合したアプローチにより、神経変性疾患治療全体の新時代を切り拓くことが期待される。