抄録
欧米では20世紀後半から,死亡など重篤な医療事故について監督機関が強制的に調査し,原因を解明し予防策をたてる個別的事故調査制度が広まり,時期を同じくして民事訴訟も増大した.しかし,事故数が減らないため,20世紀末から,ニアミスまで含む事項を広く報告させる包括的事故調査制度が始まった.日本では,2004年から後者の包括的な医療事故情報収集等事業が先に始まった.前者の個別的な医療事故調査制度は,2015年10月から施行され,この制度は,予防と補償を推進する代わりに,医療事故に対する刑事罰の適用を原則として廃止するために,積極的に活用することが予定されていたとみるべきものである.しかし,予想された報告数より少なく,消極的運用となっており,医療従事者が充分な理解をしないままに目的を達成できてないのではないか,との疑問がある.そこでこれを改善して積極的運用を進めれば,第1に医療に特有なシステムアプローチを採用し,医療倫理の観点から徹底した医療安全の向上に取り組み,事故の予防という成果を得られる.第2に,この情報開示をもとに絞り込んでいけば,別途民事責任を明らかにして円滑に被害救済し,早期に紛争解決できるというメリットがある.その結果,第3に刑事責任については,カルテ改ざんや隠蔽を伴うなど悪質な事案に限定し,原則廃止することが可能となる.