2009 年 60 巻 1 号 p. 73-89
本稿は「聴覚社会学」というテーマのもとで,個人的経験をオーラルに表現する声とその声を聴く行為を再考する.声の録音- 再生機能というテクノロジーの発達がインタビュー調査になにをもたらしたかをふまえつつ,約20年前におこなった1人の日系カナダ人一世のライフストーリー・インタビューを再生して声を聴き直すことを実践し,聞き手としての関係形成的な聴き方を確認する一方で,再生された声の現前性から,声のなかの他者の声を聴きわけ,間接話法で表現される他者の声を具体的にとりあげる.そして声の「領有」のありようのなかに自己と他者の関係性をみいだし,オーラルな語りの多声的な特徴の意味を検討している.さらに語り手が病のために声を失うという事態に遭遇して,声が伝達的コミュニケーションだけでなく,声の共同性や「自己- 触発」,声の自己回帰的特質をもつことをあきらかにしている.インタビューを声として再聴し,聴く行為を実践することによって聴覚と視覚の特徴をあわせもつ「声のエクリチュール」を論じていることを再認している.結局,オーラリティにもとづく研究とは,統合的で調和的,累積的な聴覚の志向をふまえて声のなかにあらわれる個人の歴史性や自己再帰性を汲みあげながら,パロールとエクリチュールの相互性のなかで人間の「ライフ」の理解をめざす社会学的研究として展開可能性があることを論じている.