社会学評論
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英雄になりきれぬままに
パーキンソン病を生きる物語と,いまだそこにある苦しみについて
伊藤 智樹
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2010 年 61 巻 1 号 p. 52-68

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抄録

本稿は,パーキンソン病のセルフヘルプ・グループへのナラティヴ・アプローチの試みである.
パーキンソン病の生き難さは,ふたつの層に分けて理解できる.ひとつは,振るえやすくみ足といった身体的な症状が,しばしば病いをもつ人に相互行為上の無能力を自覚させ,「恥ずべきこと」と感じさせる生き難さである.もうひとつは,「回復の物語」(A. Frank)が自分には適合しないことを前提にせざるをえないにもかかわらず,それに代わって頼りにできる物語が容易には得られない生き難さである.薬物療法と外科療法は身体症状をある程度コントロールする手段として発達してきているが,それらに過度の望みをかけることには弊害もある.したがって,人々にとっては,それらの療法を頼みとしつつも,一方では冷静に距離をとるための,いわばよりどころとなる物語が必要となる.
セルフヘルプ・グループでのフィールドワークから,そうした情況を生きるためのものとして「リハビリ」の物語と,病いを笑う語りとをピックアップできる.これらは,ふたつの層の生き難さに対して,それぞれの仕方で緩和するようにはたらき,病いを生きるための貴重な資源となる.しかし,それと同時に,これらの物語/語りは,それぞれ見逃せない弱みを抱え込んでいるため,それらが「語られるべきである」というように倫理性を込めることには慎重になる必要がある.

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© 2010 日本社会学会
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