社会学評論
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公募特集「社会学における歴史分析の現在」
戦前期日本における実業家と言論
『実業之日本』を中心に
永谷 健
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キーワード: 実業家, 論説, 大正期
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2018 年 69 巻 3 号 p. 303-319

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抄録

戦前期の日本社会では, 貧富の格差の拡大がメディアで頻繁に取り上げられた. また, 富裕な実業家たちに対する批判の高まりが, 総力戦体制へと向かう歴史変化の契機となったことが知られている. 本稿では, 批判の誘因の一つが, 莫大な富を独占し差配する実業家の営みの正当性やエリートとしての彼らの存在意義が, 大正期半ばに揺らいだ点にあると仮定する. そして, そのプロセスに接近するため, 明治後期以降に彼らの社会的な存在意義を高めた雑誌, 『実業之日本』に注目し, 同誌における彼らの論説の内容的な変化を検討することを通じて, 実業家批判が高揚した歴史的な背景について推測した.

本稿での考察結果は, 次の諸点である. (1) 大正期半ばの第1回国際労働会議の開催を契機として, 当時の実業家たちの多くが温情主義的な労資関係を信奉していることが浮き彫りになった. その結果, 日本の大国化に寄与する自己犠牲的な献身を推奨してきた彼らのそれまでの言動に対して不信感や幻滅が急速に高まり, 批判の高揚を招いた. (2) 第一次世界大戦後に不況や大震災が生じ, 新聞や雑誌の実業家批判は一時的に中断された. そのなか実業家たちは, 災厄を克服するための「奮闘」的態度を喧伝し, 批判の起点となった労働問題にはほとんど言及しなくなった. こうした彼らの論調は, 実業家批判に特段の対応を行わず, テロリズムの時代を迎えたその後の実業家たちの状況を象徴している.

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© 2018 日本社会学会
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