2024 年 74 巻 4 号 p. 643-659
インターセクショナリティは現在,差別をめぐる議論におけるキーワードのひとつとなっている.しかしながらこの言葉が知られるにつれ,インターセクショナリティはジェンダーや人種などの複数のカテゴリーを掛け合わせ,そこに不均衡な差異がみられるかどうか,すなわち交互作用効果によって操作化されるのか,また,カテゴリーにカテゴリーを次々に掛け合わせ,人々の社会的位置をできるだけ細分化して考えることがインターセクショナリティのねらいなのか,といった疑問も生まれているように思われる.本論文では,インターセクショナリティのこれまでの議論にもとづいて,これらの疑問を解きほぐすことを試みた.過去の議論にもとづき本論文では,インターセクショナリティの概念は不利益の程度の差も含め,社会的位置による人々の違いを単に細かに示すためのものではないこと,むしろ,差別の経験をめぐる差別やさまざまな差別の相互依存関係を明らかにしつつ,差別のプロセスや経験に関する「標準」を問い直すためのものであること,そして何よりこの概念は,フェミニズムの概念であることを確認した.