2025 年 75 巻 4 号 p. 335-352
本稿は,日本社会学会の創立(1924年)を焦点として,この時期の日本の社会学に生じた変化を論じている.日本社会学会の創立は,その前身にあたる「日本社会学院」に対する若手社会学者の不満が背景にあったと考えられている.また,社会学に対する社会からの期待も創立を後押しした.本稿ではこれらの不満や期待の具体的な内容を検討することを通して,1920年代の日本社会学史を大枠で規定した思想の流れを分析する.
本稿の考察結果は以下の諸点である.(1)日本社会学院の運営には,社会学を西洋との戦いの場として捉える創立者・建部遯吾の思想が反映されており,高等教育を通して西洋文化を身近なものとしていた若い世代からは違和感をもたれたこと.(2)大正期の「社会の発見」の風潮のなかで社会学に対する期待が高まり,そのことが社会学の組織化・制度化を促進したこと.(3)社会学の制度化によって生じた社会からの期待とのギャップを埋めるため,「日本社会学」の模索など多様な試みがなされたこと.