社会学評論
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匿名性と社会の存立
A・シュッツの匿名性の概念をめぐって
小川 博司
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1980 年 31 巻 3 号 p. 17-30

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抄録

匿名性は、社会と個人の問題を、根源的に提示する概念である。何故ならば、社会とは、固有名をもった個人が、匿名的な存在となるところに存立すると考えられるからである。A・シュッツの匿名性の概念は、この問題を考える際に、示唆に富んでいる。
シュッツは匿名性の様々な程度を照射する虚の光源としてわれわれ関係を想定する。われわれ関係は、相互的な汝志向を基盤とし、そこでは他者は、時間・空間の直接性のうちに経験される。シュッツによれば、他者を間接的に経験すればするほど、他者の匿名性の程度はより高くなるとされる。尚、時間・空間の直接性は、われわれ関係の成立のための必要条件ではあるが、十分条件ではない。シュッツの匿名性の概念は、次の諸相に分節化される- (1) 機能的類型として匿名性、 (2) 「知られていない」という意味の匿名性、 (3) 社会的世界の構成原理としての匿名性、 (4) 所与の社会構造のもつ匿名性。
(1) (2) は、個人としての他者の経験に関連する。 (3) (4) は、社会制度、言語、道具など、匿名性の高い領域に関連する。それらは、一方では匿名化による構成物であり、他方ではわれわれ関係の舞台に配置されている諸要素でもある。シュッツの理論では、 (3) と (4) は、匿名性とわれわれ関係という二つの鍵概念により結合されている。
以上の匿名性の分節化は、社会の存立の考察、また現代社会の諸問題の考察に有用であろう。
匿名性 (anonymity) という概念は、社会学においては、従来、主に大衆社会論的文脈の中で、都市社会やマス・コミュニケーションにおける人間関係の特徴を表わすものとして用いられてきた (1) 。しかし、匿名性は、社会と個人、もしくは類と個の問題を、より根源的に提示する概念であるように思われる。何故ならば、社会とは、固有名をもった人間個体が匿名的な存在となるところに存立すると考えられるからである。本論文は、主にA・シュッツの匿名性の概念の検討を通して、現代社会において、個人と社会とが絡み合う諸相を解き明かすための視角を提出しようとする試みである (2) 。
以下、具体的には、シュッツが匿名性の程度を示すためにあげた例示の検討を通して、順次、匿名性の諸相を抽出し、検討していくことにする。

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