社会学評論
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31 巻 , 3 号
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  • 高橋 由典
    1980 年 31 巻 3 号 p. 2-16
    発行日: 1980/12/31
    公開日: 2010/04/23
    ジャーナル フリー
    日常生活の様々な場面で、他者は「自己」を視つめる人 (オーディエンス) としての役割を演じる。この「オーディエンスとしての他者」の諸相を明らかにすることが本稿の目的である。オーディエンスは「自己」に対して果す機能の違いによって「監視者としてのオーディエンス」と「観客としてオーディエンス」に二分される。また占める〈位置〉の違いによってそれは「直接的なオーディエンス」と「内的オーディエンス」とに分けられる。
    これまで社会学の領域では「観客としてのオーディエンス」の側面が比較的閉却されてきた。自己呈示はこの「観客としてのオーディエンス」に対して行なわれる。そのさい観客からの反応を呈示者がどう位置づけるかに応じて、功利的と美的という二つの自己呈示が区別される。前者の場合、反応は専ら功利的目的実現のために利用される。これに対して後者の場合、反応はあくまで自己呈示の美的効果を保証するものとみなされる。内的オーディエンスを観客とする美的自己呈示 (ダンディ的自己呈示) において、呈示者 (演技者) は美的完全性をめざそうとする。けれども彼のその企てには当然困難が伴なう。自己呈示という他者依存的な場において美的完全性 (という他者非依存) を実現しようとすることは、本来自己矛盾だからである。
  • 小川 博司
    1980 年 31 巻 3 号 p. 17-30
    発行日: 1980/12/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    匿名性は、社会と個人の問題を、根源的に提示する概念である。何故ならば、社会とは、固有名をもった個人が、匿名的な存在となるところに存立すると考えられるからである。A・シュッツの匿名性の概念は、この問題を考える際に、示唆に富んでいる。
    シュッツは匿名性の様々な程度を照射する虚の光源としてわれわれ関係を想定する。われわれ関係は、相互的な汝志向を基盤とし、そこでは他者は、時間・空間の直接性のうちに経験される。シュッツによれば、他者を間接的に経験すればするほど、他者の匿名性の程度はより高くなるとされる。尚、時間・空間の直接性は、われわれ関係の成立のための必要条件ではあるが、十分条件ではない。シュッツの匿名性の概念は、次の諸相に分節化される- (1) 機能的類型として匿名性、 (2) 「知られていない」という意味の匿名性、 (3) 社会的世界の構成原理としての匿名性、 (4) 所与の社会構造のもつ匿名性。
    (1) (2) は、個人としての他者の経験に関連する。 (3) (4) は、社会制度、言語、道具など、匿名性の高い領域に関連する。それらは、一方では匿名化による構成物であり、他方ではわれわれ関係の舞台に配置されている諸要素でもある。シュッツの理論では、 (3) と (4) は、匿名性とわれわれ関係という二つの鍵概念により結合されている。
    以上の匿名性の分節化は、社会の存立の考察、また現代社会の諸問題の考察に有用であろう。
    匿名性 (anonymity) という概念は、社会学においては、従来、主に大衆社会論的文脈の中で、都市社会やマス・コミュニケーションにおける人間関係の特徴を表わすものとして用いられてきた (1) 。しかし、匿名性は、社会と個人、もしくは類と個の問題を、より根源的に提示する概念であるように思われる。何故ならば、社会とは、固有名をもった人間個体が匿名的な存在となるところに存立すると考えられるからである。本論文は、主にA・シュッツの匿名性の概念の検討を通して、現代社会において、個人と社会とが絡み合う諸相を解き明かすための視角を提出しようとする試みである (2) 。
    以下、具体的には、シュッツが匿名性の程度を示すためにあげた例示の検討を通して、順次、匿名性の諸相を抽出し、検討していくことにする。
  • 上野 千鶴子
    1980 年 31 巻 3 号 p. 31-50
    発行日: 1980/12/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    異常とは「集団が境界の定義のために創出する有標記号のうち、マイナスのサンクションを受け、かつ状況的に発生するもの、こと、ひと」であり、異常の成立する諸次元には、 (1) ユニット・レベル (個体内の自己防衛機制) 、 (2) 間ユニット・レベル (個体間の協働、共犯的な状況の定義) 、 (3) システム・レベル (集団アイデンティティの防衛と維持) の三つを区別することができる。
    異常の創出が個人および集団の自己防衛機制に関わっているなら、そのために解発される攻撃性のターゲットが何であるかによって、異常を類型化することができる。それには (1) 葛藤の当事者である (同位の) 他者、 (2) 攻撃性を転位した「身代わりの他者」、 (3) 自己自身の三類型がある。それは二つの葛藤回避型の社会、葛藤をルール化した多元的な競争社会と、社会統合を代償に葛藤を物理的に回避した離合集散型の社会とを両極にした、一元的でリジットな社会統合から多元的でルースな社会統合に至るまでの、統合度のスペクトラムを分節している。即ち、異常の類型は、集団の統合の類型と対応しており、現実の諸社会は、このスペクトラム上のいずれかの地点に分布している。だとすれば、異常の表現型をインデックスとして、それを創出する集団の特性を推論することができる。
    異常の一般理論は、異常を扱う諸学の間に対象と方法の一貫性を導入し、異常の通文化的分析を可能にする。
  • 伴 恒信
    1980 年 31 巻 3 号 p. 51-73
    発行日: 1980/12/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    今日、活発な論議を呼んでいる教育病理に関しては、その病理諸現象を有機的に理解するための多くの類型が提出されてきている。こうした病理類型論は、個人対集団、教育内領域など分類の視座は異なるものの、教育体系内部の逆機能から病理の諸現象が結果されるという基本認識において共通している。
    他方、社会変動それ自体を病理の基底的な発現メカニズムに設定する理論的立場が存在する。W・F・オグバーンは、「文化的ラッグ」という構成概念を創出して、文化体系内での領域問の進化速度の差異が深刻なラッグの現象を出現させると定式化した。さらに、R・G・コーウィンは、オグバーンの定式を教育の分野に適用し、教育的ラッグ論を展開した。本研究は、このコーウィンの定義した教育的ラッグの二タイプ、即ち構造的ラッグと文化的ラッグに倣って、インプット・ラッグとアウトプット・ラッグの二種の教育的ラッグを措定し、さらに加えて日本の教育を大きく規定する「政策」を媒介主体として仮設した上で、戦後三〇年の教育的ラッグの諸事象を分析・構造化している。
    「インプット・ラッグ」は、教育体系へ入力される物的・環境的な教育資源を考察の対象としている。したがって、入力主体である経済体系の条件と入力変数との間の非連続が分析の焦点となり、多重回帰分析法の援用で数量的にラッグの度合が判定される。他方、「アウトプット・ラッグ」は、入力変数が教育体系の内部過程を経るうちに本来の目的とは異なった成果をもって出力されてくる事態に分析の重点が置かれる。具体的には、中級技能労働者の促成を目ざした高校の多様化が後の産業高度化に適応できない人材を生み出したことなどは、「長期にわたる教育的展望の欠除がもたらした職業教育制度のラッグ」と名づけることができるであろう。
  • 春日 雅司
    1980 年 31 巻 3 号 p. 74-83
    発行日: 1980/12/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    This brief article analyses Max Weber's theory of “traditional domination” from the viewpoint of the status of administrative staffs. This work is part of my study of Islamic feudalism which I have already dealt with in other. Of course, there are many comments on Islamic feudalism made by historians, but my aim is, on the hand, to reconstruct this problem with the help of historical studies which have appeared since Weber's death, and on the other, I intend to ascertain the concept of “Pfründen-feudalism” presented by Weber in his Wirt-schaft und Gesellschaft.
    The concept of “feudalism” is already treated in my previous article “The Decentralized Structure of State Power in Traditional Societies-On the Character of Pfründen-and Lehensfeudalism-”. In that paper I concluded that the social character of “feudalism” can not be understood simply in terms of the feudal framework itself. Therefore, I would like to discuss a theoretical framework of premodern societies in general. Then I would like to formally reconstruct Weber's concept of “traditional domination”. This work is starting point for probing his theory of “feudalism”.
    Now, Weber's key concept of “traditional domination” is “patrimonialism”. He wants to propose transformable types of “patrimonialism” and thereby typologize the whole structure of domination in pre-modern societies. This article consists of four parts. First, “patrimonialism” as a universal type of domination in pre-modern societies is compared with “patriarchalism”. In comparing the two types of domination I indicate that political communities generally tend to form the former with administrative staffs and show its inner and outer peculiarities. This concept is used for explaining the “patriarchal structure” of administration. Secondly, I summarize the nature of “patrimonialism”. Indeed its concept is very important for interpreting Weber's theory of “traditional domination”. Unfortunately, we usually do not pay any attention to its nature and origin. Thirdly, I analyse the character of four types of traditional domination : “patromonialism”, “sultanism”, “the estatetype of domination”, and “feudalism”. Furthermore, these four types divide two categories of administration : “patriarchal structure” and “the estate-type structure”. Finally, I clarify the correlations between “patriarchal structure” and “the estate-type structure” of administration.
  • 大山 信義
    1980 年 31 巻 3 号 p. 84-88
    発行日: 1980/12/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 米村 昭二
    1980 年 31 巻 3 号 p. 88-92
    発行日: 1980/12/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 畑 孝一
    1980 年 31 巻 3 号 p. 92-98
    発行日: 1980/12/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 喜多野 清一
    1980 年 31 巻 3 号 p. 98-102
    発行日: 1980/12/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 小川 全夫
    1980 年 31 巻 3 号 p. 102-105
    発行日: 1980/12/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 辻 正二
    1980 年 31 巻 3 号 p. 105-108
    発行日: 1980/12/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 坪内 良博, 前田 成文
    1980 年 31 巻 3 号 p. 109-110
    発行日: 1980/12/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
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