抄録
今日, 社会学者は, 多くの社会調査法を利用しているが, その殆どは「現在の社会現象」を分析するための道具である。そこで, 本研究では, 歴史・科学社会学的研究における社会調査法, すなわち, 歴史的出来事を分析する道具として独自に開発された履歴網分析 (Career-Net Analysis) の方法とその可能性に関して考察する。
履歴網分析では, 履歴網 (career-nets) 及び社会的結節点 (social nodes) という社会学的新概念を用意することにより, 歴史的出来事の発生の潜在的メカニズムの解明を目指している。すなわち, 履歴網分析は, ある歴史的出来事に関係した人々の社会化の過程を遡ることによって, その過程における諸社会関係の「ハードなデータ」を収集・整理・解析するといった戦略をとる。また, この解析には, MDS (Multi Dimension Scaling) のプログラムを内蔵しパーソナル・コンピュータ上で稼働する “CAREER-NET SYSTEM” という解析用ソフトを独自に構築し使用している。特に, 本稿では, 履歴網分析の具体的な分析事例として, 近代日本の西洋医学システム受容過程の中から「明治 2 年のドイツ医学制度採用」と取り上げ, 履歴網分析の可能性に関して検討した。
適用事例から得られた主要な知見としては, 履歴網分析は「歴史的出来事の参与観察」という性質を持っており, 科学史上の出来事以外の様々な歴史的出来事の分析にも応用可能であること, また, 関係論的及び相互作用論的アプローチに基づく科学社会学的研究に威力を発揮できること, さらに, 社会的行為, 社会構造, 認知構造及び時間 (過去・現在・未来) の関係に関する実証的研究のための一つの突破口となること, などを指摘することができる。