社会学評論
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在タイ日系鉛筆製造企業における労働者のアイデンティティ形成と生活構造
櫻井 義秀
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1998 年 49 巻 4 号 p. 549-567

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抄録

本稿では, タイ社会において農村からの出稼ぎ者, 移住者が農民から工場労働者となる活動の変化に伴う自己認識の変化を, 労働者のアイデンティティ形成と捉え, これを構造化する労働・生活過程の考察を行った。労働の内実を把握する研究は, タイ社会における日本的経営の現地化という日系企業の労使関係, 労働者の行動様式の研究に見るべきものがあるが, 労働者の生活構造は看過されてきた。その結果, 労働者の職場内人間関係よりも賃金を優先した転職率の高さ, それ故の技術移転, 人材形成の難しさが, 機会主義と呼ばれる文化的パーソナリティで解釈されてきた。しかし, 問題は行為の類型化, 命名ではなく, 形成要因の分析にある。第一に, 具体的にどのような労働過程と生活過程から機会主義的労働志向が, 在タイ日系企業という場において生み出されたのか。第二に, どのようなタイ社会経済的条件及び日系企業の組織的条件によって, 労働者自身が労働・生活過程において再生産されているのか, が問題となる。結論として, 1) 長時間・高密度の労働, 賃金の比較優位による職場の移動を選択する労働志向は, 家族の再生産のために収益の増大を最優先させる戦略から生み出された。2) しかも, 熟練形成の基礎となる労働者の定着を促進し, 将来展望を可能にする日本型雇用システムの欠如によってその志向は強化された。本論ではこれらの労働者のアイデンティティを構造化する客観的諸条件と労働志向の連関を詳述する。

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