抄録
1980年代以降の柔軟性の追求においては, 「機能的柔軟性」として要請される労働過程における「再技能化」と, 「数的柔軟性」として要請される下請け制などの組織的外部化が並行して進展している.これまでの労働研究では「再技能化」をめぐって, その過程を労働者の自律性の増加として肯定的に捉えるか, あるいは新たな管理体系の構築として批判的に捉えるかという対立した見方が提示されてきたが, 現在では, 技能内容と組織形態の2つの議論を統合し, 社会的制度のあり方として議論を問い直すことが求められている.
本稿は, 住宅産業を事例として, 技能の社会的基盤のあり方を考察するものである.地域工務店を下請とする大手住宅メーカーは, これまで住宅生産の工業化を推進してきたが, 近年では, 従来の伝統的木造軸組工法やリフォームの領域にも進出し下請領域を拡大しつつある.この過程では労働過程の細分化やマニュアル化および工期の短縮や単価の削減が追求されるが, それと並行し, 現場で親方がこれまで担ってきた見習い制度が停止している.一方で住宅メーカーあるいは労働組合の新設した技能養成制度は, どちらもこれまでの現場の技能訓練を前提とするものであり, それに取って代わるものとはなりえていない.この技能再生産の困難さは柔軟性の追求が技能の社会的基盤を保障しないという点を示唆しているとともに, 労働過程を越えた技能と管理の問題をも提示している.