抄録
日本では, 学部教育や入門課程での教育は相対的に軽視され, 日本社会学会も, アメリカ社会学会などと異なって, 従来, 社会学の教授法や社会学テキストのあり方を積極的に論じてこなかった.筆者らの『ジェンダーの社会学』 (江原ほか1989) での経験を具体的に振り返り, 社会学テキストの企画・執筆にあたって求められる課題を私たちが当時どのように認識していたか, 本書の執筆をとおして学んだ, 成功する社会学テキストの条件などを考察する. (1) すぐれたリーダーシップとエディターシップ, (2) 編集コンセプトの明確化, (3) 既存の知識の解説・紹介と, 斬新な問題提起, 叙述のストーリー性の維持といった二律背反的な課題の克服, (4) 首尾一貫した明示的なパースペクティブが, テキストづくりの中心的なカギとなろう.私たちは, ジェンダー, 社会的・文化的に規定された性別というパースペクティブによって, 日常生活の自明性を打ち破り, 社会学的なものの見方, 社会学的な思考方法の魅力を生き生きと伝えることをめざした.家族・労働・政治・世界システムに至るまで, いかに広範な社会的現実がジェンダー・バイアスを帯びているかを示そうとした.
国際的にみると, 母国語のテキストで専門的なレベルの社会学を学べること自体, 決して自明ではない, 先人に多くを負うた幸運な事態である.良質なテキストづくりをめざすこと, テキストのあり方を対象化することの意義はきわめて大きい.