日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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会長企画教育講演
呼吸器疾患管理におけるフレイル,サルコペニアの意義
荒井 秀典
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2019 年 28 巻 2 号 p. 206-211

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要旨

高齢化している呼吸器疾患患者において認知症,尿失禁,転倒などの老年症候群とともにサルコペニア,フレイルの合併が多くなってきている.特にCOPD患者においては息切れなどによる運動制限や慢性炎症から身体機能が低下しやすく,サルコペニア,フレイルの合併頻度が高い.同時にこれらの合併症はCOPD患者の予後に影響を与える.これらの病態は高齢者において合併しやすいが,COPD患者においてはより若年期からの合併の有無についてスクリーニングを行うとともに適切な予防策を講じることが求められる.すなわち,呼吸器疾患の管理とともに適切な栄養療法,運動療法を継続することが老年期におけるサルコペニア,フレイルの予防につながり,ひいては呼吸器疾患患者の予後の改善につながる.本稿ではサルコペニア,フレイルの概念を概説し,呼吸器疾患患者において問題となりつつあるこれらの病態に対する対処法について述べたい.

はじめに

最新の厚生労働省の統計によると高齢者の要介護原因の1位は認知症となり,それまで1位であった脳卒中を追い越した.第3位は加齢による衰弱である.この「加齢による衰弱」とは要介護となる明らかな原因疾患は加齢以外に見いだせないという老衰という意味であるが,ここにフレイル・サルコペニアといった病態が関連している.フレイルは加齢に伴う恒常性,生理的予備能の低下によりストレスに対する脆弱性が亢進した状態であり,サルコペニアは加齢に伴う骨格筋量の低下に歩行速度・握力など身体機能の低下が合併した病態である.患者層がますます高齢化を示す呼吸器疾患の診療においてもサルコペニア,フレイルの病態を理解し,適切な予防・介入策を講じることが呼吸器疾患患者の予後を改善するとともにQOLの向上にもつながると考えられる.

サルコペニアの概念

すべての臓器が加齢変化を示すように,骨格筋もまた加齢とともに減少し,その結果筋力は低下する.この骨格筋機能の低下が様々なアウトカムと関係する.ヒトの骨格筋量は30歳代から年間0.5~1%ずつ減少し,80歳頃までに約30%~40%の骨格筋が失われるといわれているが,このような骨格筋量の減少は個人差が非常に大きい.加齢に伴う骨格筋量の減少は骨密度や脳重量の減少のように加齢による生理的な現象として捉えられてきたが,高齢期にある一定量以上に骨格筋量が減少した場合には,生理的な骨格筋量低下と区別すべきであるという考えのもと,1980年代後半にRosenbergは,ギリシャ語のsarx,peniaというそれぞれ筋肉,減少を意味する語を組み合わせて,サルコペニアという概念を提唱した1

サルコペニアの診断

サルコペニアの診断に関してであるが,当初は四肢の筋肉量を元にその基準が作成された.すなわち,四肢筋肉量を身長の2乗で除した値を骨格筋量指標と定義し,若年成人の平均-2 SDを下回る場合にサルコペニアと定義した2.この考え方は骨粗鬆症と同様である.老化による筋肉への影響は骨格筋量の低下に始まり,筋力の低下,そして歩行速度の低下につながるが,骨格筋量低下だけではなく,握力,歩行速度の低下と死亡や転倒,日常生活活動低下など様々なアウトカムとの関連が示された3,4.その結果,骨格筋量よりむしろ筋力,歩行速度の方がその後のアウトカムとの関連が強いことが示されるようになり,サルコペニアは骨格筋量の低下だけではなく筋力,身体機能も含めて評価すべきという考え方が一般的となってきた.このような流れの中,欧州老年医学会は2009年に,日常診療や調査研究で用いるためのサルコペニアの定義および診断基準を設定するサルコペニア・ワーキンググループを結成した.そのほかに欧州臨床栄養・代謝学会,国際栄養・加齢学会,および国際老年学・老年医学会―欧州地域がこのグループに加えられ,欧州でのサルコペニア診断基準作成のためのワーキンググループが結成された.すなわち,このワーキンググループであるEuropean Working Group on Sarcopenia in Older People(EWGSOP)は,彼らの議論の結果をまとめて2010年にコンセンサス論文を発表した5.本論文において,サルコペニアは「筋量と筋力の進行性かつ全身性の減少に特徴づけられる症候群で,身体機能障害,QOL低下,死のリスクを伴うもの」と定義され,骨格筋量低下,筋力低下,身体機能低下(歩行速度 0.8 m/秒以下)からなる臨床的な診断手順が示された.本基準では65歳以上の高齢者を対象とし,骨格筋量低下が必須条件とされ,それに筋力低下または身体機能低下のどちらかが加われば,サルコペニアと診断される.なお,EWGSOPにおいて骨格筋量の評価にはDXA法が推奨されている.そして,低骨格筋量の定義は若年者(おおむね20-40歳,男女別)の平均値-2 SD未満またはその集団の最小5分位とされている.このようにサルコペニアに関する研究は欧米が先行し,診断基準が作成されてきたが,欧米人の基準がアジア人にそのまま適用できるとは考えにくく,アジア人独自の診断基準を策定すべきという機運が高まった.我々は,2013年3月に日本,韓国,中国,台湾,香港,マレーシア,タイの7カ国(地域)の研究者からなるAsian Working Group for Sarcopenia(AWGS)を設立し,そこでの議論を経て,アジア人のための診断基準を提唱した(図16.我々の診断基準においては,EWGSOPの基準同様に握力・歩行速度いずれかの低下を有し,骨格筋量の減少が認められる場合にサルコペニアと診断することとした.しかしながら,欧米人とは体格や生活習慣も異なり,筋力や骨格筋量に違いがあることから,握力と骨格筋量についてはアジア人独自の基準を定めた.すなわち,握力は男性 26 kg未満,女性 18 kg未満を握力低下とし,骨格筋量についてはDXAでは,男性 7.0 kg/m2未満,女性5.4 kg/m2未満,バイオインピーダンス法(BIA)では,男性7.0 kg/m2未満,女性5.7 kg/m2未満を骨格筋量低下と定義した.これらAWGSの診断基準におけるカットオフ値は,アジア人の疫学研究をもとにその値が設定されており,骨格筋量の補正には身長の2乗を用いているが,なおほぼ同時期に,アメリカのFNIHグループから,BMIで補正した骨格筋量指標(SMI)と握力を用いることによりサルコペニアの診断を行うことが提唱された7

図1

アジアサルコペニアワーキンググループ(AWGS)の診断基準(文献7

サルコペニアのアウトカム

サルコペニアがどのようなアウトカムと関連するかに関する研究は多くなされている.これまでの研究ではサルコペニアの基準を満たす高齢者は筋力低下やバランスの低下を認めるため,サルコペニアはQOLの低下,転倒,骨折,フレイル,身体機能低下,入院,死亡のリスクになると考えられている.サルコペニアは糖尿病,関節リウマチ,骨粗鬆症,認知機能低下との関連も指摘されている.すなわち,2型糖尿病,COPD,慢性腎臓病,心不全などの疾患を合併するとサルコペニアの頻度は高くなり,症状の安定したCOPDの患者622名(平均年齢 70.4歳)を対象とした英国の報告では,EWGSOP基準を用いた場合,14.5%にサルコペニアが併存し,有病率に性別による差異は認められなかった8

サルコペニア診療ガイドラインの概要

世界的にサルコペニアの診断基準が策定されたことに伴い,2016年10月1日にはサルコペニアがICD-10のコード(M62.84)を取得し,独立した疾患として認識されるに至った.我が国でも2018年4月よりサルコペニアは傷病名として認められている.サルコペニアの日常診療における重要性の増加を鑑み,日本サルコペニア・フレイル学会において診療ガイドラインを作成することが決定され,2016年3月に診療ガイドライン委員会が組織された.サルコペニア診療ガイドラインは,全体を4章に分けており,第1章はサルコペニアの定義,第2章はサルコペニアの疫学,及び疾病との関連,第3章はサルコペニアの予防,第4章はサルコペニアの治療である9

フレイルの概念

フレイルとは,加齢に伴う様々な臓器機能変化や予備能力低下によって外的なストレスに対する脆弱性が亢進した状態であり,ストレスに対して十分な回復力を有する健常な状態と自立した生活が困難である要介護状態の中間的な状態である.フレイル高齢者では日常生活機能障害,施設入所,転倒・骨折,入院,認知症をはじめとする健康障害を認めやすく死亡リスクも高くなることが知られており(図2),糖尿病などの生活習慣病,脳心血管病,COPD,がんや薬剤の多剤服用がフレイルの進展に影響を及ぼしている(図3).すなわち,これらの疾患の予防・管理が重要であることが示されている.フレイルの進展については,これらに加え,加齢に伴う免疫異常,神経内分泌異常,慢性炎症,ミトコンドリア機能異常なども複合的に関与するとされており,低タンパク質,ビタミンDの摂取不足など栄養の重要性も指摘されている.さらには運動習慣やサルコペニアもまたフレイルの重要な要因である.フレイルには身体的な要因だけではなく,精神・心理的な要因,社会的な要因があり,それぞれが負のスパイラルを形成して,自立性の喪失へとつながっていく(図4).ただ,フレイルには適切な介入により再び健常な状態に戻りうるという可逆性もあり,予防とともに早期発見・早期介入が重要である.すなわち高齢者の呼吸器疾患管理においてフレイルを意識した管理の重要性を強調したい.

図2

フレイルの転帰

図3

フレイルの概念

図4

フレイルの多面性と負のスパイラル

フレイルのスクリーニング・診断

これまでフレイルについて様々な尺度や評価方法が提唱されているが,移動能力,筋力,認知機能,栄養状態,バランス能力,持久力,身体活動性,社会性などの構成要素について複数項目をあわせて評価する場合が多い.多くの評価方法がある中,Friedらは,体重減少,易疲労感,筋力低下,歩行速度低下,身体活動性低下のうち3項目以上該当した場合をフレイル,1~2項目に該当した場合をプレフレイルと定義した10.この考え方は,Phenotype modelといわれ,身体的フレイルの診断のために用いられている.表1に日本人用に改変したもの(J-CHS基準)を示す.この中で,筋力低下,歩行速度低下は,握力と歩行速度を指標として用いており,これらはサルコペニアの診断項目に含まれている.一方で,Rockwoodらにより提唱されているFrailty Indexは高齢者総合的機能評価(CGA)的なアプローチで,様々な疾病や身体機能,認知機能,抑うつなどをも評価項目に含む評価方法である.Frailty Indexは要介護や死亡の予測式としてはすぐれているが,日常臨床で用いるのはやや煩雑であるという欠点がある.したがってわが国では表1に示すようにPhenotype modelを用いた身体的フレイル評価を推奨している.また,外来等でのスクリーニングで使用するツールとしてYamadaらが開発した簡易フレイル・インデックス(表2)も評価ツールとして有用である11

表1 フレイルの評価方法(J-CHS基準*)

*長寿医療研究開発費事業25-11「フレイルの進行に関わる要因に関する研究」班

表2 簡易フレイルインデックス

文献11より引用)

すでに述べたようにフレイルは,身体的な衰えのみならず,精神心理的な問題や社会的脆弱性をも含む概念であり,それらを含む評価指標も開発されている.たとえば,我が国で開発された基本チェックリストは介護予防事業を始めるに当たり,要介護に陥りやすい高齢者をスクリーニングで見いだすための25の質問から評価ツールである.このツールはADL,運動,口腔機能,社会性,栄養,認知機能,抑うつという7つのドメインからなっており,高齢者の身体的,精神心理的,社会的側面を含むフレイル評価に適しているといえるツールである.また,要介護,死亡といったアウトカムの予測能も優れている.Satakeらは要介護認定を受けていない高齢者を対象として,このチェックリストを用いた評価を行い,0-3,4-7,8-25点の3群に分け,3年間前向きに追跡したところ,8点以上の群で有意に要介護認定のリスクが高く,死亡リスクも高かった.また,Phenotype modelによる評価との相関性も優れていた12.基本チェックリストは7つのドメインに分かれており,ドメインごとにカットオフ値が設けられているため,問題点がどこにあるかを把握するには便利なツールである.

フレイル・サルコペニアに対する予防・介入法

1. 栄養療法,運動療法は共通する

栄養療法,運動療法に関してはその予防・介入に関してサルコペニア,フレイルで共通のアプローチでよい.すなわち,フレイルおよびその中核をなすサルコペニアでは十分なカロリー摂取に加え,タンパク質の適切な摂取がその予防,治療に必要である.予防のためには高齢者においても 1.0~1.2 g/kg/日のタンパク質摂取が推奨される13.一方すでにフレイル,サルコペニアの基準を満たす場合には,1.2~1.5 g/kg/日のタンパク質を摂取すべきである.もっとも重度の腎機能障害がある場合には,サルコペニア,フレイルがあっても1.0/kg/日程度のタンパク質摂取にとどめておく方が腎機能維持の点からは必要かもしれない.

タンパク質のもとであるアミノ酸のなかで必須アミノ酸,その中でも筋肉の3-4割を構成している分岐鎖アミノ酸(BCAA)が注目されている.特にロイシンは筋タンパク質合成を促進する作用が強く,高齢者を対象とした安静臥床試験においてロイシンを36%含む必須アミノ酸投与は大腿四頭筋におけるタンパク質合成の低下,身体機能の低下を予防したことが示されている14

タンパク質とともにビタミンDの摂取も重要である.日本人高齢者においてはビタミンD欠乏に陥っている割合が比較的高いとされており,1日あたりの推奨量である 800 IU以上の摂取を勧める.ビタミンDは日光曝露により皮膚においても生成されるため,外出も重要である.

フレイル,サルコペニアに対しては筋力,身体機能の向上と筋量の増加には運動が必要で,タンパク質合成を直接促進させるレジスタンス運動と歩行能力を向上させる有酸素運動を組み合わせることが望ましい.レジスタンス運動については,週2,3回程度の頻度で実施することが進められるが,日常生活の中にロコトレなどの自重を使った簡便なレジスタンス運動を取り入れてもよい.もちろん,体力的な問題や関節疾患がある場合には,専門医や理学療法士との連携が重要である.

このような栄養療法,運動療法であるが,それぞれの単独介入よりも両者を併用した介入の方が有効であると報告されている.Kimらはサルコペニアを呈した高齢者に対して運動単独,栄養(アミノ酸補充)単独,運動+栄養の複合介入を行っている.3か月の介入で運動+アミノ酸補充群のみに足の筋量と歩行速度の改善が認められた15

2. フレイルに対する介入

(a)感染症予防

フレイルは加齢に伴って生理的予備能が低下することにより,ストレスに対して脆弱性を示す状態である.ストレスの一つに感染症がある.すなわち,インフルエンザや市中肺炎などを契機にフレイルから要介護状態に陥ることもあるため,ワクチンなどによる感染症予防が重要である.

(b)社会参加の促進

フレイルには独居,貧困など社会的要因もある.すなわち社会との関係が希薄になることにより,身体的および精神的に機能低下が進み,フレイルとなることがある.仕事だけではなく,ボランティア活動や町内会の行事,自主グループへの参加など社会とのつながりを継続することができる高齢者ほどフレイルになりにくいと考えられている.したがって,行政も含めて地域ぐるみでフレイル予防に取り組むことがきわめて重要である.

(c)口腔機能の維持

かむ力の衰えは,食欲の低下や嚥下機能の低下と関連し,低栄養からフレイルにつながりやすくなる.高齢者においては定期的歯科受診が重要であり,義歯の調整,歯周病の予防・治療を行うことが推奨される.

(d)ポリファーマシー対策

フレイルとポリファーマシーとの関連が知られている.特に抗コリン作用を有する薬剤を複数長期間にわたって服用し続けるとフレイルとなるリスクが高くなる.したがって,定期的な薬剤レビューにより,薬剤の継続をすべきかどうかを評価し,減薬の可能性の有無を常に念頭に置いて診療に当たるべきである.

COPDにおけるフレイル,サルコペニア対策

すでに述べたようにCOPDなどの呼吸器疾患においては,サルコペニア,フレイルを合併しやすく,それらの合併により患者の予後が悪化することは間違いない.従って,COPD患者のマネジメントにおいては,疾患の適切な管理とともに高齢期におけるサルコペニア,フレイル予防の視点を持つことが重要である.最近COPD患者を対象としたレジスタンス運動や栄養介入の結果が報告されている16,17,18.今後は呼吸器疾患患者,特にCOPD合併例においては早期からサルコペニア,フレイルの評価を行い,必要な予防のための栄養指導とともに運動指導を適切に行うことが求められよう.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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