2019 年 28 巻 2 号 p. 335-341
【目的】歩行時におけるCOPD患者の加速度データから算出した重心変位の特徴を明らかにすることを目的とした.
【方法】対象はCOPD患者16名,健常高年者21名とし,3軸加速度計を腰部に装着して 10 mを歩行させた.加速度から重心変位を算出し,左右と上下重心変位をプロットした運動軌道図から左右対称性の指標であるLissajous Index(以下,運動軌道LI)を算出した.重心変位や運動軌道LIと身体機能諸指標との関連を検討した.
【結果】COPD患者の左右重心変位は健常高年者よりも有意に拡大し,片脚立位保持時間,大腿四頭筋筋力,呼吸困難感との間に有意な相関関係がみられた.運動軌道LIは両群間に有意差がみられず,身体機能との相関関係もみられなかった.
【結論】左右重心変位は立位バランス能力や下肢筋力を反映した評価指標である可能性が示唆された.COPD患者の歩行時重心変位左右非対称性を運動軌道LIにて評価することは困難であると考えられた.
近年,慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease;以下,COPD)患者における歩行の異常は,呼吸機能障害による運動耐久性の低下だけではなく,バランス能力の低下も深く関与していることが指摘されている1,2).さらに,日常生活における歩行バランス能力の低下は転倒を引き起こす重要な問題であり,COPD患者においては健常者よりも易転倒性がみられるとの報告もある3).COPD患者の歩行分析において,歩幅や歩隔等の歩行パラメータの検討が行われ,重度のCOPD患者よりも中等度のCOPD患者で遊脚時間が短いことが報告されている4).
また,歩行分析の研究では,歩行中の身体重心(center of mass:以下,COM)変位を歩行能力の評価に使用したものが散見される.Wongcharoenらは健常高齢者を対象とし,二重課題歩行の安定性について三次元動作解析装置を用いてCOM変位を算出し評価,検討した5).また,Rumらは若年女性と高齢女性の歩行停止動作において三次元動作解析を使用して算出したCOM変位を評価し,若年女性よりも高齢女性の方がCOMの移動スピードが遅いことを明らかにした6).前述の通り,COPD患者は歩行中のバランス能力が低下していることが明らかとなっている1,2)が,COPD患者の歩行におけるCOM変位を評価した研究は見当たらない.
3軸加速度計付き歩行分析計MG-M1110(LSIメディエンス,東京)7,8)とMG-M1110の専用解析ソフトウェアゲイトビューMG-M1110-PCTM(LSIメディエンス,東京)(以下,ゲイトビュー)7,8)を使用することで上下,左右,前後の加速度からCOM変位相当値を自動的に算出することができる.著者らはVICONから算出した左右方向と上下方向のCOM変位とMG-M1110から算出した左右方向と上下方向COM変位相当値(以下,COM変位)を比較し,絶対的信頼性を検討したところVICONによるCOM変位に対してMG-M1110で求めたCOM変位は加算誤差と比例誤差が認められ,MG-M1110で求めたCOM変位をVICONによるCOM変位の代用とすることは困難であることを明らかにした9).しかし,VICONのCOM変位とMG-M1110で求めたCOM変位の級内相関係数は上下COM変位で高い相関(ICC=0.73)を示し,左右方向は中等度の相関(ICC=0.45)を示した9).三次元動作解析装置は多くのマーカーを装着する必要があり時間がかかること10)や測定場所が制限されること4)が欠点となっている.それに対して,3軸加速度計は3次元動作解析装置と比較して測定環境の制約が少なく測定が容易であるため,歩行の周期性や対称性を検討しやすい特徴がある9).また,ゲイトビューでは自動的に2方向のCOM変位を用いて前額面,矢状面,水平面からみたCOM変位を運動軌道図として描出することができる.これらのことから,加速度データからCOM変位を算出することや運動軌道図を描出することは,歩行の変化を視覚的・直感的に把握できる点において有用であるといえる9).そのため,本研究では3軸加速度計MG-M1110を使用して測定した加速度データからゲイトビューを用いて算出したCOM変位および運動軌道図を使用することとした.
著者らは以前,体幹に装着した3軸加速度計で測定した加速度を使用して,COPD患者の歩行時体幹運動左右対称性と立位バランス能力の関連について報告した11).人間の重心の高さである腰部第3腰椎の高さに装着した加速度計は,重心の加速度に近似した加速度を測定することができるといわれている12).そのため,第3腰椎の高さに装着した加速度計から得られた加速度の変化は仮想重心の変化を表している13)といわれており,著者らは加速度を使用した左右対称性の評価を重心と同程度の高さにおける体幹運動左右対称性の評価と解釈して検討を行った11).そこで,本研究は先行研究(文献11)と同一被験者であるが,ゲイトビューを使用して加速度を距離情報すなわちCOM変位に変換することで,より実際の重心の動きに近い指標を用いてCOPD患者の歩行の評価を行うことができると考えた.
以上より,本研究の目的は加速度データから得た歩行中のCOM変位や運動軌道図から求める左右対称性の評価指標について,COPD患者と健常者で比較することや呼吸機能諸指標や身体機能諸指標との関連を検証することで,歩行時におけるCOPD患者の加速度データから算出したCOM変位の特徴を明らかにすることを目的とした.
対象は,市立秋田総合病院呼吸リハビリテーション外来に通院中のCOPD患者16名(平均年齢71.3±9.2歳,男性16名;以下,COPD群),秋田県立リハビリテーション・精神医療センターに勤務している健常高年者21名(平均年齢63.3±2.0歳,男性11名:女性10名;以下,健常高年者群)とした(表1).対象者の選定条件は1)杖を使用せず,かつ介助を要さずに 10 m歩行できること,2)研究の趣旨を理解し同意が得られることとした.除外基準は歩行に支障をきたすような神経系疾患や整形外科的疾患を有する場合とした.
COPD群(n=16) | 健常高年者群(n=21) | p値 | |
---|---|---|---|
年齢(歳) | 71.3±9.2 | 63.3±2.0 | 0.004 |
性別 | 男性16例,女性0例 | 男性11例,女性10例 | |
身長(cm) | 165.0±5.1 | 160.8±9.9 | 0.107 |
体重(kg) | 59.3±6.4 | 60.0±11.5 | 0.838 |
BMI(kg/m2) | 21.8±2.9 | 23.0±2.4 | 0.200 |
GOLD(I/II/III/IV) | 3/7/6/0 | ― | |
mMRC(0/1/2/3/4) | 0/7/5/4/0 | ― | |
%FVC(%) | 82.2±22.8 | ― | |
FEV1(%) | 58.4±20.1 | ― | |
FEV1/FVC(%) | 51.0±15.7 | ― | |
SPPB(点) | 11.5(3) | ― | |
4 m歩行速度(m/sec) | 1.0±0.2 | ― | |
片脚立位時間(sec) | 26.7±22.3 | ― | |
WBI(kg/kg) | 0.7±0.2 | ― | |
6MWD(m) | 437.6±161.2 | ― | |
CAT(点) | 13.8±4.2 | ― |
数値は平均±標準偏差または中央値(四分位範囲)を表示.
BMI: body mass index,GOLD: global initiative for chronic obstructive lung disease,mMRC: modified medical research council scale,%FVC: % forced volume capacity(予測努力肺活量),FEV1: % forced expiratory volume in 1 second(予測1秒量),FEV1/FVC: FEV1/ forced expiratory volume(1秒率),SPPB: short physical performance battery,WBI: weight bearing index(体重支持指数),6MWD: 6 minutes walking distance(6分間歩行距離),CAT: COPD assessment test
COPD群と健常高年者群の年齢,身長,体重,BMIについてt検定で比較した.
本研究は秋田大学医学系研究科倫理審査委員会の承認を得た(承認番号:第1319号,2015年).対象者へは研究の目的と内容を口頭と書面で説明し,書面にて同意を得たうえで実施した.
2. 方法本研究では,歩行中の体幹加速度を測定するために,対象者は腰部に3軸加速度計を装着して快適歩行速度での歩行を実施した.得られた体幹加速度から算出した歩行時COM変位とCOM変位の左右対称性を評価した.また,COPD群においては呼吸機能および身体機能諸指標も測定した.
1) 加速度測定機器使用した3軸加速度計MG-M1110の寸法は縦 75 mm,横 50 mm,幅 20 mm,質量約 120 gである.MG-M1110は 10 msecごとに加速度を検知して,上下,左右,前後方向の加速度をそれぞれ測定する.付属のコネクタでPCと接続しゲイトビュー7,8)に測定した加速度を読み込むことで,歩数や歩行周期変動を自動的に算出することや図表ソフトMicrosoft excelに 10 msecごとの加速度の数値を取り出すことが可能である.
2) 加速度の測定方法MG-M1110は腰部の第3腰椎の高さに専用のベルトを用いて装着した.歩行路は 10 mの前後に 1 mの助走路を設けた直線 12 mとし,10 m歩行した時の加速度を測定した.対象者は杖を使用せずに快適歩行速度で2回歩行した.加速度の測定は2回とも同一検者で実施した.
3) 歩行時重心変位の算出ゲイトビューを使用すると,MG-M1110で測定した体幹加速度が自動的に積分されて距離情報が算出され,その距離情報は運動軌道として表示される.人間の重心の高さである腰部第3腰椎の高さに装着した加速度計は,重心の加速度に近似した加速度を測定することができる12).そのため,運動軌道はMG-M1110で測定したCOM変位とみなすことができる.自動算出されたCOM変位量は一方向への平均変位量であるため,2倍した数値を平均変位量として採用した9).
4) 左右対称性の評価14)ゲイトビューでは前額面,矢状面,水平面それぞれの面からみたCOMの位置関係がグラフで描出され,運動軌道図と表記される.運動軌道図を図1aに示す.運動軌道図からLissajous Indexを求め,左右対称性を評価した.LIの求め方を以下に示す.
運動軌道図
1a:運動軌道図およびLissajous Indexを算出する時に面積を求める長方形を波線や波線・点線で表示.
1b:健常高年者群とCOPD群の実際の運動軌道の代表例を各2個表示.
①図1a内波線部の四角形の面積をRectangle area right(以下,Rr),波線・点線部の四角形の面積をRectangle area left(以下,Rl)とし,面積をそれぞれ求めた.
②LIを求める式を以下に示す
LIは数値が大きいほど歩行時体幹部加速度の前額面上での左右対称性が低く,数値が小さいほど歩行時体幹部加速度の前額面上での左右対称性が高いことを意味する.すなわちLI=0が完全な左右対称であることを示す.本研究では運動軌道図から求めたLIを,運動軌道LIとした.
5) 測定項目COPDの重症度をGOLD(global initiative for chronic obstructive lung disease)15)の病期分類,呼吸困難を修正MRCスケール(modified medical research council scale; mMRC)16)を用いて測定した.呼吸機能の指標として予測努力肺活量(% forced volume capacity; %FVC),予測1秒量(% forced expiratory volume in 1 second; FEV1),1秒率(FEV1/FVC)を測定した17).測定は電子スパイロメータCHESRGRAPH HI-701(チェスト社,東京)を使用した.バランス能力の指標として片脚立位時間およびShort Physical Performance Battery(SPPB)18),下肢筋力として大腿四頭筋のWeight Bearing Index(WBI)19),歩行耐久性の指標として6分間歩行距離(6 minutes walking distance; 6MWD)20),生活の質の評価としてCOPD assessment test(以下,CAT)21)を測定した.大腿四頭筋のWBIは利き足の膝関節伸展運動を等尺性運動で行わせ,マスキュレーターGT-160(OG技研,岡山)を用いて大腿四頭筋筋力を測定し,体重で標準化した数値とした17).これらの項目はCOPD患者においてのみ測定した.
6) 統計学的検討COPD群と健常高年者の左右・上下COM変位と運動軌道LIは対応のないt検定,または,Mann-WhitneyのU検定を用いて比較した.また,COPD患者の各方向のCOM変位および運動軌道LIと各種身体機能との相関関係はPearsonの積率相関係数またはSpearmanの順位相関係数を用いて検討した.統計ソフトはPASW Statistics 18.0(SPSS for windows,SPSS Inc.製)を使用し,有意水準はp<0.05とした.
健常高年者群とCOPD群の実際の運動軌道の代表例を図1bに示す.また,各方向のCOM変位および運動軌道LIのCOPD群と健常高年者群の比較を表2に示す.健常高年者群の平均COM変位は左右 2.7±1.8 cm,上下 3.5±0.9 cm,COPD群は左右 3.7±1.4 cm,上下 3.2±0.8 cmであった.2群間で有意差が認められたのは,左右の平均COM変位であった.運動軌道LIの平均値は健常高年者群16.0±10.8%,COPD群19.0±15.8%であり,両群間に有意差は認められなかった.各平均COM変位および運動軌道LIと各種身体機能との相関関係について表3に示す.左右COM変位と片脚立位保持時間(r=-0.535, p=0.033),WBI(r=-0.633, p=0.008),mMRC(r=0.548, p=0.028)の間に,上下COM変位とWBI(r=0.500, p=0.049)の間に有意な相関関係が認められた.
COPD群 | 健常高年者群 | p値 | |
---|---|---|---|
左右COM(cm) | 3.7±1.4* | 2.7±1.8 | 0.003 |
上下COM(cm) | 3.2±0.8* | 3.5±0.9 | 0.321 |
運動軌道LI(%) | 19.0±15.8* | 16.0±10.8 | 0.824 |
COM: center of mass,LI: Lissajous Index
数値は平均±標準偏差を表示.各方向のCOM変位および運動軌道LIをCOPD群と健常高年者群で対応のないt検定,またはMann-WhitneyのU検定を用いて比較した.*p<0.05
左右COM | 上下COM | 運動軌道LI | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
r | p | r | p | r | p | |
年齢(歳) | 0.382 | 0.145 | -0.174 | 0.518 | -0.183 | 0.498 |
身長(cm) | -0.056 | 0.836 | 0.066 | 0.808 | 0.137 | 0.612 |
体重(kg) | -0.240 | 0.371 | -0.186 | 0.491 | -0.182 | 0.499 |
BMI(kg/m2) | -0.103 | 0.704 | -0.182 | 0.499 | -0.274 | 0.305 |
GOLD(I/II/III/IV) | 0.095 | 0.726 | -0.113 | 0.678 | 0.208 | 0.440 |
mMRC(0/1/2/3/4) | 0.548* | 0.028 | -0.231 | 0.389 | 0.071 | 0.794 |
%FVC(%) | -0.056 | 0.837 | 0.200 | 0.457 | 0.112 | 0.680 |
FEV1(%) | -0.015 | 0.957 | 0.147 | 0.587 | -0.321 | 0.226 |
FEV1/FVC(%) | -0.218 | 0.418 | 0.295 | 0.267 | -0.309 | 0.244 |
SPPB(点) | -0.080 | 0.785 | 0.087 | 0.766 | 0.253 | 0.383 |
4 m歩行速度(m/sec) | -0.134 | 0.648 | 0.478 | 0.084 | 0.024 | 0.935 |
片脚立位(sec) | -0.535* | 0.033 | 0.308 | 0.246 | 0.301 | 0.258 |
WBI(kg/kg) | -0.633* | 0.008 | 0.500* | 0.049 | 0.149 | 0.582 |
6MWD(m) | -0.412 | 0.113 | 0.176 | 0.515 | -0.109 | 0.688 |
CAT(点) | -0.037 | 0.891 | 0.000 | 1.000 | 0.304 | 0.252 |
各方向の平均COM変位および運動軌道LIと各種検査結果との相関関係をPearsonの積率相関係数,または,Spearmanの順位相関係数を用いて検討した.*p<0.05
本研究の結果,左右COM変位においてCOPD群の方が健常高年者群よりも有意に大きいことが明らかとなった.また,COPD患者の左右COM変位は片脚立位保持時間,WBIと有意な負の相関関係がみられ,mMRCは有意な正の相関がみられた.COPD患者の上下COM変位はWBIと有意な正の相関関係がみられた.運動軌道LIについてはCOPD群と健常高年者群で有意な差はみられず,呼吸機能や身体機能との有意な相関関係もみられなかった.
本研究のCOPD群は重症度がGOLDのステージI~IIIであり,最重症の患者は含まれていなかった.しかし,本研究の対象者はSPPB合計点中央値が11.5点で,SPPBの歩行自立の目安となるカットオフ値10点以下22)の者が7名いたことから,様々なレベルの立位・歩行のバランス能力を有する対象者が含まれていたと考えられる.
本研究の結果,COPD患者の左右COM変位は健常高年者よりも大きく,また,立位バランス能力,大腿四頭筋筋力,呼吸困難感と相関関係がみられた.歩行中のCOM変位について,左右方向へのCOM調整能力が転倒歴の有無や転倒リスクの予測に関連すると言われている23,24).本研究の結果,COPD患者の左右COM変位が健常高年者よりも大きく,かつ,立位バランス能力の低下,大腿四頭筋筋力の低下が生じている者ほど左右COM変位が拡大していた.これらのことから,COPD患者では立位バランス能力の低下や大腿四頭筋筋力の低下により,転倒リスクが増加していると考えられる者は左右方向のCOMコントロールが不良になりCOM変位が拡大したと考えられる.左右COM変位とmMRCの間に有意な相関関係がみられたことについて,COM変位とmMRCとの関連を検討した先行研究は見当たらず,本研究で初めて明らかになったと考えられる.相関関係がみられた機序については明らかではなく,今後検討を要すると考える.
本研究の結果,COPD患者において大腿四頭筋筋力が強い者ほど上下方向のCOM変位が拡大していた.Gordonらは下肢の関節運動が大きく,代謝エネルギー量が大きくなるにつれて垂直方向のCOM変位も大きくなると報告している25).また,膝屈曲位歩行においてCOMを上方に移動させるために大腿四頭筋の働きが関連すると報告されている26).これらのことから,COPD患者の歩行においては大腿四頭筋筋力が強いほど,代謝エネルギー量の増大およびCOMの上方移動の増加が生じ,大腿四頭筋筋力の強さに応じて上下COM変位が大きくなったものと考えられる.
著者らは以前,加速度データから体幹運動の左右対称性を評価する加速度LIを使用してCOPD患者の歩行時体幹運動左右対称性を評価した11).加速度LIは,加速度の左右方向と上下方向の生データを使用して描いた散布図から本研究で使用したLIの算出式を適用して左右対称性を評価する方法である11).加速度は上下加速度に常時重力加速度が 0.98 m/s2かかっているため,加速度LIは上下加速度が 0.98 m/s2より大きい範囲について算出するものである.加速度LIを使用すると有意にCOPD患者の方が健常者よりもLIが大きいという結果となっていたため,COPD患者の方が健常者よりも体幹運動が左右非対称になっていると報告した11).しかし,本研究の結果,運動軌道LIでは健常者とCOPD患者の間に有意差はみられなかった.COPDの病態は呼吸機能の低下や全身の慢性炎症であるといわれており27),脳卒中片麻痺患者や片側の整形外科的疾患患者と比べると歩行観察上明らかな左右非対称ではないと考えられる.著者らは加速度LIを用いた体幹運動左右対称性についてCOPD患者だけではなく脳卒中片麻痺患者でも報告しており,COPD患者の加速度LIは平均34.2%11),脳卒中片麻痺患者の加速度LIは平均51.2%28)であったことから,脳卒中片麻痺患者と比べるとCOPD患者の方が加速度LIは非常に小さいといえる.また,加速度データから距離情報を算出する際にはlow pass filterがかけられており,加速度の最大値や最小値が削られる場合があるといわれている29).そのため,加速度で発生した最大値が運動軌道に変換されるときに縮小された可能性があると考えられる.これらのことから,健常者よりは大きく,片側性疾患よりは小さいCOPD患者の極軽度な左右非対称性については,運動軌道LIを用いて評価することが難しい可能性があると考えられる.COPD患者の歩行時左右非対称性を測定,評価するためにはCOM変位ではなく加速度データそのものを使用した方が良いと考える.
以上より,歩行中の加速度から算出したCOPD患者の左右COM変位は立位バランス能力や大腿四頭筋筋力,上下COM変位は大腿四頭筋筋力を反映した歩行の評価指標になる可能性があると考えられる.また,COPD患者の歩行時体幹運動左右対称性に関しては,運動軌道LIよりも加速度の生データを使用する加速度LIを用いて評価することが適すると考えられる.
本研究の限界としては,第一に対象者数が少ないことがあげられる.COPD患者において歩行バランス能力評価としてのCOM変位の有用性を示すためには,GOLDのステージIVの者を含み,さらに検定力0.8とした検討の結果に応じて対象者数を各群64名に増やした検討が必要であると考えられる.第二の限界は,COPD患者群が高齢者であるのに対して,健常高年者群が約8歳若かった点である.第三の限界は健常高年者において呼吸機能や身体機能の測定を実施していない点である.COPDに罹患したことによるバランス能力や筋力の低下だけではなく,加齢の影響を受けている可能性があるため,今後は,年齢のマッチした健常高齢者群とCOPD群を比較し,かつ,呼吸機能検査や身体機能測定の結果を比較する必要があると考えられる.
本論文の要旨は,第27回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2017年11月,宮城)で発表し,学会長より優秀演題として表彰された.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.