日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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原著
肺切除患者における術前運動耐容能の低下が術後に及ぼす影響
柏木 智一
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2020 年 28 巻 3 号 p. 388-392

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要旨

【目的】肺切除患者における術前の運動耐容能低下が術後に及ぼす影響について検討した.

【方法】VATSが施行された25例(平均年齢69.8±6.9歳)を対象とした.評価項目は術前と術後7日目の6MDと6MDの回復率,創部痛(NRS),術前の心機能としてLVEF,血液データとして(BNP,ALB値),BMI,喫煙指数,肺機能(1秒量,1秒率,VC,%VC,%DLCO),麻酔時間と出血量,術後の歩行開始日数,歩行自立日数,理学療法日数,入院日数,合併症の有無とした.統計解析は術前6MDに関連する因子をSpearmanの相関係数を用い,術前6MDを中央値 390 mで良好群と低下群の2群に分け比較した.

【結果】術前6MDと術後6MD,VC,年齢で有意な相関が認められた.良好群と低下群の比較では歩行自立日数,VC,%DLCO,術後合併症において有意な差が認められた.

【結論】術前運動耐容能の低下には年齢,VCが関係し,歩行自立期間の延長,術後合併症に影響を及ぼす可能性が示唆された.

はじめに

本邦における肺癌の罹患患者数は第3位で死亡率は第1位である1.肺癌患者の増大に伴い,手術患者数も増大してきている.近年低侵襲な胸腔鏡下肺切除術(Video-assisted thoracic surgery:以下,VATS)が普及してきている.VATSでは胸壁に対する切開が少なく,術後疼痛の軽減,術後入院日数の短縮などのメリットが報告されている2.肺切除患者において,術後運動耐容能が低下することはいくつか報告されている3,4,5.運動耐容能は重要な生命予後規定因子とされている.また,肺切除後のリハビリテーションは,術後の呼吸器合併症予防と運動耐容能改善,早期ADL回復を目的として行われている6.しかし,VATS患者に対する術前運動耐容能が術後に及ぼす影響に対する報告は少なく,明らかではない.よって今回,肺切除患者の術前運動耐容能の低下が肺切除患者の術後へどのような影響を与えるかについて調査し,検討した.

対象と方法

1) 対象

対象は2015年8月~2016年12月の期間に,当院において原発性肺癌で手術目的に入院.リハビリテーション科に術前から理学療法の依頼がありVATSが施行された30例から除外基準を満たした25例(男性13例,女性12例,平均年齢69.8±6.9歳)とした.手術部位は肺葉,区域および部分切除術だった.全例,術前後の理学療法が施行された.術前に歩行が自立していなかった症例,重篤な合併症を持つ症例,評価項目に不備がみられた症例は除外した.なお本研究はヘルシンキ宣言に基づき,全ての症例に研究に対する目的や内容を十分に説明し,同意が得られてから実施した.

2) 調査・評価項目

運動耐容能の評価として術前と術後7日目の6分間歩行距離(6 Minutes Walking Distance:以下,6MD)を測定した.6MDは米国胸部疾患学会(ATS)のガイドラインに準じて実施し7,6分間歩行試験から総歩行距離を測定した.また,術前6MDを100%とした術後7日目の回復率を調査した.6MDの測定は当院リハビリ室の片道 15 m歩行路を最大努力下で繰り返し歩行してもらった.また,術前の背景因子として左室駆出率(Left Ventricular Ejection Fraction:以下,LVEF),脳性ナトリウム利尿ペプチド(brain natriuretic peptide:以下,BNP),ALB値,body mass index(以下,BMI),喫煙指数(Brinkman Index),肺機能を評価した.肺機能は一秒量(forced expiratory volume in 1 second:以下,FEV1)および一秒率(以下,FEV1/FVC),肺活量(Vital Capacity:以下,VC)および%肺活量(以下,%VC)および予測肺拡散能(以下,%DLco)を評価した.

また手術侵襲と術後経過の評価として,麻酔時間と出血量,術後の歩行開始日数,歩行自立日数,理学療法日数,入院日数,合併症の有無を評価した.また,術後7日目の創部痛(安静時及び運動時)をNumerical Rating Scale(以下,NRS)で調査した.歩行自立の定義は,自助具の有無を問わず,ベッドから介助や監視なく 45 m以上歩行可能であることとした.理学療法日数,入院日数は術後のみとした.入院日数は手術日から退院日までの日数である.合併症は術後の合併症を,入院期間中に画像所見,血液生化学検査,臨床症状などから医師が診断したものとした.

理学療法内容

当院の肺切除患者のプロトコルに沿って実施された.手術の2日前に入院し,入院当日から理学療法を開始.手術前日まで実施された.術前理学療法の内容は,当院で作成したパンフレットを用いながら,オリエンテーション,呼吸練習や咳嗽方法などの術後の排痰指導,起居動作指導を実施した.術後の理学療法は手術翌日から開始した.術後理学療法は,ベッドサイドからリスク管理の下に胸腔ドレーンなどドレーンや酸素の有無に関わらず,全身状態に応じながら可及的に早期離床を実施した.また,呼吸練習,排痰,筋力トレーニング,歩行練習,階段昇降,エルゴメーター,ADL指導などをおおむね術後7日目まで実施した.終了時にはパンフレットを用いて退院後の生活のポイント,運動などについて退院時指導を実施した.なお,当院の周術期呼吸理学療法プロトコルの詳細を図1に示す.

図1

当院の呼吸理学療法プロトコルの詳細

統計解析

統計解析は術前6MDを中央値 390 mで良好群と不良群の2群に分け,基本属性や各調査項目をMann-WhitneyのU検定およびχ2検定を用いて比較した.また,術前6MDに関連する因子をSpearmanの相関係数を用いて検討した.有意水準は5%未満とした.

結果

1) 2群間の術前・術中因子の比較(表1

良好群(13例,中央値69歳)は中央値 430 m,不良群(12例,中央値73歳)は 350 mだった.また,術前・術中因子の比較においては,VCと%DLcoにおいてのみ有意な差が認められていた.その他の項目では有意な差が認められなかった.

表1 2群間の術前・術中比較
良好群(N=13)
(中央値)
不良群(N=12)
(中央値)
有意差
術前6MD(m)430350P<0.05
年齢(歳)69.072.5n.s
1秒量(L)2.22.0n.s
1秒率(%)76.872.6n.s
VC(L)3.12.5P<0.05
%VC(%)108.598.4n.s
%DLco(%)115.7101.1P<0.05
LVEF(%)65.867.4n.s
BNP(dl)18.624.1n.s
ALB(g)4.34.2n.s
BMI(Kg/m221.523.0n.s
麻酔時間(分)270235n.s
出血量(g)10095n.s
喫煙指数(本)500351n.s

n.s:not significant.

2) 2群間の術後経過の比較(表2

術後6MDは不良群において有意に低下していた.しかし,術前に対する術後7日目の回復率では有意差が認められなかった.術後の歩行開始日数では2群間に有意な差が認められなかったが,歩行自立日数においては不良群で有意に延長していた.術後の理学療法日数,在院日数においても有意な差が認められなかった.術後の創部痛においては,運動時の創部痛において,良好群で有意に高値だった.また,術後の合併症においては,不良群で有意に増加していた.合併症の内訳は良好群は1例(無気肺)で合併症発生率は8%,不良群は4例(無気肺2例,せん妄2例)で合併症発生率は33%であった.

表2 2群間の術後経過の比較
良好群
(中央値)
不良群
(中央値)
有意差
術後6MD(m)390315P<0.05
6MD回復率(%)9190n.s
歩行開始日数(日)2.02.0n.s
歩行自立日数(日)2.04.0P<0.05
理学療法日数(日)7.07.0n.s
在院日数(日)8.010.0rn.s
安静時痛(NRS)00n.s
運動時痛(NRS)4.01.0P<0.05
合併症(人)1(8%)4(33%)P<0.05

n.s: not significant.

3) 術前6MDへの関連因子(表3

術前6MDには,術後6MD,VC,年齢と有意な相関が認められた.その他の項目では有意な差が認められなかった.

表3 術前6MDとの相関
術前6MD
術後6MD.670
歩行開始.001
歩行自立-.299
理学療法-.283
在院日数-.344
喫煙指数.230
1秒量.393
1秒率.057
VC.488*
%VC.140
%DLco.275
LVEF-.103
BNP.013
ALB.197
年齢-.412*
BMI.391
*  P<0.05

考察

Algerらによると,肺外科術後の肺合併症は14%(急性呼吸不全8.7%,再挿管5.4%,肺炎3.3%,無気肺2.9%)と報告されている8.本邦における肺切除後の呼吸リハ施行下における呼吸器合併症は5%程度とされている9.また術後呼吸器合併症における併発日は2.2±2.2日と報告され,この時期には咳嗽力の低下や呼吸機能の低下による去痰不全や気道内分泌物が増加することが明らかとなっている9.本研究の術後合併症発生率は,運動耐容能良好群において8%(呼吸器合併症8%),不良群33%(呼吸器合併症17%)であり,不良群において有意に増加していた.また,本研究では運動耐容能良好群において,術後7日目の運動時の創部痛が有意に増大し,良好群では歩行自立日数が不良群に比べ,有意に短縮していた.この事から,良好群では術後積極的に離床が図られ,身体活動量が多かった結果が,創部痛の増強につながったのではないかと推測する.そして,良好群において身体活動量が多かったことが,術後の合併症発生率低下,歩行自立日数の短縮につながったのでないかと推測する.本研究では術後の身体活動量を調査していないため真実はわからないが,良好群において身体機能面の予備力が高かったことが術後の身体活動量を増加させ,歩行自立日数の短縮,創部痛増大の要因の一つと考える.よって,術前運動耐容能が良好な場合は,術後創部痛は増大するものの,術後の合併症減少,歩行自立の短縮につながる可能性が示唆される.

また本研究においては,運動耐容能良好群,不良群ともに歩行開始日数は中央値2日であり,有意な差はみられなかった.術後7日目の運動耐容能に関しては,良好群,不良群ともに有意に低下していた.しかし,術後7日目における運動耐容能回復率においては,良好群91%,不良群90%で有意な差はみられなかった.6MDの回復率においては,術後1週間と早期ではあるが,必ずしも術前運動耐容能不良群において回復が遅延するとは限らないことが考えられる.術前6MDと有意に相関していた項目は,術後6MDとVC,年齢であった.術前6MDにはVCと年齢が関与しており,先行研究同様に術前6MDは術後6MDに影響を与える可能性が示唆された10.よって,これまでの先行研究同様に術後運動耐容は低下することがわかった.肺切除後の運動耐容能は,肺機能と同様に術後低下し,1年以内にプラトーに達する4とされている.先行研究においては,術後可及的早期から離床を促すことが重要で,術後積極的に運動療法を展開することで,運動耐容能低下を最小限にとどめることが可能だったと報告されている11.術後運動耐容能の低下の原因においては,肺の一部を切除することで,大気と接する肺胞の面積である呼吸床と血管床が減少することにより起こるとされている12.また,肺切除後の患者では,VCが術直後には約40%低下し,術後3週でも約30%低下しているとの報告13もあることから,運動耐容能向上のための術後や退院後の継続した運動療法も必要だと考える.

また先行研究では,肺切除後の歩行自立の遅延要因に術前に屋外歩行が出来ていなかったことが挙げられている14.6MDは 400 m以上で屋外歩行自立の目安とされており16,本研究においても術前運動耐容能不良群は中央値 350 mであり,術前に屋外歩行が自立されていなかった症例が多く含まれていたと推測される.また中田らは,術後の離床遅延の要因の一つに術前下肢筋力の低下や術前6MDが低下していたことを挙げ,術後入院期間の長期化につながったと報告している10.本研究においても統計学的には有意差が出なかったが,術前運動耐容能不良群において,在院日数が延長している傾向がみられた.この事から術前運動耐容能低下は,術後の合併症の増加のみならず,術後の離床や在院日数延長に影響を及ぼすことが考えられる.本研究はVATS患者のみを対象としているが,低侵襲なVATS患者においても,術前運動耐容能の低下が呼吸器合併症である無気肺や肺炎だけでなく,せん妄なども含めた術後合併症の増大につながることが示唆されたことは,新しい知見である.

Vereiaらによると,肺外科術後の呼吸理学療法施行群とコントロール群の比較では,呼吸理学療法施行群において無気肺,在院日数,医療費において有意に減少したとされ,肺外科術後において呼吸理学療法の有効性は報告されている15.また,周術期における術前呼吸理学療法の有効性もいくつか報告されている16,17,18.肺葉切除において術前1週間の呼吸理学療法は,胸腔ドレーン挿入日数を有意に低下させ,在院日数を短縮する16.また,術前2~5週間の週2回以上の外来での包括的呼吸リハビリテーションと栄養療法によって,術後合併症が減少したことも報告されている17.術前3~7日間理学療法を実施した群と実施しなかった群の比較では,実施した群において術後合併症が減少し,入院期間が短縮したとされている18.肺癌患者に対しては有酸素運動単独もしくは有酸素運動とレジスタンス運動の併用が介入方法としてよく用いられており,6MDと最高酸素摂取量の改善が主な運動介入の効果として報告されている19.藤沢らは,術前から呼吸理学療法を行う目的は,患者の現在の身体機能およびADL能力を評価して術後の目標を設定すること,術後のリスクファクターを把握してリスクへの対応を検討すること,術前から心肺機能や筋力を高めて術後に生じる機能低下を軽減すること,術後からのスムーズな介入を可能とすることとしている20.高齢化が急速に進んでいる本邦において,術前に外来などで運動耐容能を高めておくことで,術後の合併症予防,在院日数短縮,医療費削減などにつながることが考えられる.本研究結果から術前運動耐容能の重要性が示唆された.本研究の限界は症例数が少ないこと,術後の身体活動量がわからないこと,術後1週以降の運動耐容能の経過がわからないことである.また,術前の対象群においてVCと%DLcoに差があったことから肺機能の差が術後の経過に影響した可能性も考えられる.今後はこれらの課題を考慮した前向き研究が望まれる.

結論

術前運動耐容能の低下には年齢,VCが関係し,術後早期の運動耐容能低下,歩行自立日数の延長,術後合併症の発生率増加に影響を及ぼす可能性が示唆された.よって,高齢で術前運動耐容能が低下している場合は,術後の合併症発生に十分に注意する必要があり,術前運動耐容の重要性が示唆された.

備考

本論文の要旨は,第27回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2017年11月,宮城)で発表し,学会長より優秀演題として表彰された.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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