日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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原著
女性健常高齢者における漸増シャトルウォークテストの適用に関する検証
名倉 弘樹千住 秀明髻谷 満田中 貴子陶山 和晃田中 健一朗森 駿一朗福満 俊和神津 玲
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2020 年 28 巻 3 号 p. 412-416

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要旨

【目的】漸増シャトルウォーキングテスト(incremental shuttle walking test:以下ISWT)は高齢者の運動耐容能評価にも適用できるが,最高歩行速度への到達が制限因子となり,特に女性健常高齢者の運動耐容能を過小評価している可能性がある.そこで本研究では,ISWTに走行を許可した漸増シャトルウォーク・ランテスト(incremental shuttle walk and run test:以下ISWRT)とISWTの試験結果および呼吸循環反応を比較して,ISWTが女性健常高齢者の運動耐容能として適用できるか否かを検討した.

【方法】女性健常高齢者8名を対象にISWTとISWRTをランダムな順序で行い,各テストの総移動距離および呼吸循環反応を比較検討した.

【結果】総移動距離および呼吸循環反応は,ISWTとISWRTとの間に有意差を認めなかった.最高酸素摂取量と総移動距離との間には強い相関(ISWT: r=0.74,ISWRT: r=0.80)を認めた.

【結論】ISWTは十分な運動負荷を与えることができ,女性健常高齢者の運動耐容能評価としてその適用を支持する一つの根拠となると考える.

緒言

現在,我が国は,高齢化率が27%を超え,今後も更なる増加が懸念されており,医療や介護などの社会保障への需要は増加すると予想されている1.高齢者が健康で充実した日常生活を送る上で,身体機能の維持・向上は重要であり,健康状態の指標の一つとして運動耐容能を客観的に評価することが必要である.運動耐容能の評価としては,呼気ガス分析装置を用いた心肺運動負荷試験(cardiopulmonary exercise testing:以下CPX)が最も正確な評価が可能である.しかし,CPXは使用する機器が高額であることに加え,熟練したスタッフを必要とするため,臨床現場での実施は制限される.昨今,20 mシャトルランテスト2や 15 mシャトルウォーク&ランテスト3などの簡便なフィールドテストがCPXの代用として健常者の運動耐容能評価に用いられているが,20 mシャトルランテストは若年者やスポーツ選手を,15 mシャトルウォーク&ランテストは中高年者の運動耐容能をそれぞれ評価対象としていることから,健常高齢者での適用は困難である.

Singhら4は,慢性閉塞性肺疾患の運動耐容能評価として,20 mシャトルランテストを 10 mコースによる歩行テストに修正した漸増シャトルウォーキングテスト(incremental shuttle walking test:以下ISWT)を開発した.ISWTの総移動距離は最高酸素摂取量(peak oxygen uptake:以下peak V ˙ O2)との相関が高く,再現性が確認されており,peak V ˙ O2の予測式を用いて運動処方が可能である5,6,7,8.さらに,歩行自体が日常で行われている活動であるため,若年者だけでなく健常高齢者にも広く行える利点がある.ISWTにおける最終レベルでの V ˙ O2 peakの平均は 34.51 ml/kg/minであり9,本邦の年代別最大酸素摂取量(maximal oxygen uptake;以下, V ˙ O2max)の基準値(60歳代男性では 33 ml/kg/min,女性では 28 ml/kg/min)10を参考にすると,健常高齢者の運動耐容能評価として十分な運動負荷であると考える.

しかし一方で,ISWTは対象者の最高歩行速度への到達不可が運動中止となる1つの理由でもあり,そのような場合,呼吸循環系に対する運動負荷量が低く,運動耐容能が過小評価される可能性が指摘されている11.先行研究では,呼吸困難が終了理由とならない軽症な慢性閉塞性肺疾患においては,歩行速度がISWTの制限因子であったと報告されている12.実際,健常高齢者を対象にしたISWTでは,対象者が発信音にコントロールされる歩行速度を維持できずに呼吸循環系に余力を残した状態で早期に中止に至る事例も少なくない.特に女性健常者は,男性健常者と比較して歩行速度が遅いため13,ISWTでは運動耐容能が過小評価されている可能性が高い.加えて,年齢は歩行速度の独立した予測因子14とされており,上記の理由とともにISWTは女性健常高齢者の運動耐容能評価において制限を有する可能性がある.そこで,筆者らは歩行速度の影響を除外する目的で,ISWTに走行を許可したテストとして漸増シャトルウォーク・ランテスト(incremental shuttle walk and run test:以下ISWRT)を試作した.また,本研究と同様に,健常者を対象にSinghらのオリジナルのプロトコルに走行を許可した先行研究15が存在するが,実際に呼気ガス分析装置を用いた運動耐容能との関連性や呼吸循環反応は検討されていない.

本研究は,ISWTが女性健常高齢者の運動耐容能として適用できるか否かについて,総移動距離や呼吸循環反応をISWRTと比較することによって検証することを目的とした.

対象と方法

1. 対象

地域在住高齢者を対象とした健康運動教室に参加している65歳以上の女性健常高齢者で走行が可能であった10名とした.除外基準は,循環器疾患(内服治療にてコントロールされている高血圧を除く)や呼吸器疾患,神経筋疾患,腰部・下肢の運動器疾患,腎・肝機能障害,認知症や精神障害,視覚・聴覚障害など運動負荷試験に影響を及ぼすと考えられる併存疾患を有する者とした.また,運動耐容能検査までの1ヶ月以内に呼吸器症状(咳嗽および喀痰,胸痛,呼吸困難)の既往や上気道炎の罹患があった場合も除外した.研究に先立ち,全対象者には本研究の目的や意義,倫理的配慮について口頭ならびに文書にて説明を行い,書面にて研究参加の同意を得た.なお,本研究は長崎大学大学院医歯薬学総合研究科倫理委員会の承認(承認番号:14050807)を得て実施した.

2. 方法と評価項目

事前評価として身長,体重,BMI(body mass index),呼吸機能検査を測定後,ISWTならびにISWRTを実施した.両者の実施は,Nt-Rand(Numerical Technologies社)を用いた乱数生成によってランダムな順序とし,3日以上の間隔を空けるとともに,試験は1ヶ月以内に実施した.

1) 呼吸機能検査

スパイロメータ(ミナト医科学社製,AutospiroAS-507)を用いて,肺活量(vital capacity:以下VC),1秒量(forced expiratory volume in one second:以下FEV1),1秒率(FEV1/FVC),最大分時換気量(maximal voluntary ventilation:以下MVV)を日本呼吸器学会の呼吸機能検査ガイドライン16に従って測定した.

2) ISWTおよびISWRT

対象者に検査当日の体調に関する問診および血圧測定を行った後,Singhら4のプロトコルに従ってISWTを実施し,移動距離を測定した.ISWRTはISWTと同一のプロトコルを使用し,追加条件として走行を許可した.歩行から走行に移行するタイミングは対象者の任意とした.実施中の測定項目として,経皮的酸素飽和度(percutaneous oxygen saturation:以下SpO2)はパルスオキシメータ(コニカミノルタ社製,酸素飽和度モニターPULSOX-300)にて,心拍数(heart rate;以下,HR)はチェストベルト心拍センサー(Polar社製,WearLink CODED)にて測定した.また,酸素摂取量(oxygen uptake:以下 V ˙ O2),分時換気量(minute ventilation:以下E)は,携帯型呼気ガス分析(アニマ社製,エアロソニックAT-1100 Ver. 3.01)を用い,breath-by-breath法にて測定した.携帯型呼気ガス分析は,送信機のある重量約 2 kgの測定装置を背負い,テレメトリーにて前述データが解析用コンピュータへ送信され,CSVデータとして出力された.加えて,検査前後の呼吸困難と下肢疲労感は修正Borg scaleにて評価した.ISWTならびにISWRTの中止基準は,強い疲労感や呼吸困難などの自覚症状が出現した場合,対象者が歩行速度を維持できなくなった場合(発信音が鳴った時に標識から 50 cm以上離れている場合),SpO2が85%未満に低下した場合,HRが予測最大値(220-年齢,以下%peak HR)の85%以上に到達した場合とした.全ての対象者は動きやすい服装,運動靴を着用し,試験実施前に練習を行った.また,食事の影響を除外するため,食後から試験開始まで最低2時間の間隔を空けた17

3. 統計学的解析

各検査によって得られた呼吸循環反応および,運動負荷強度の比較を行った.呼気ガスの指標は,9呼吸毎に移動平均し,平滑化処理を行った.テスト終了までの各測定項目の最高値を解析対象とした.

正規性の検定として,Shapiro-Wilk検定を行った.各検査におけるpeak V ˙ O2,予測peak V ˙ O2(peak V ˙ O2/-0.23×年齢+40.4,以下%peak V ˙ O218,最高心拍数(以下peak HR),%peak HR,peak V ˙ E,呼吸困難指数(以下peak V ˙ E/MVV),テスト終了後の修正Borg scale(呼吸困難および下肢疲労感),SpO2最低値,総移動距離の比較は,データの正規性に応じて対応のあるt検定またはWilcoxonの符号付順位検定のいずれかを用いた.各検査の総移動距離とpeak V ˙ O2との相関関係はPearsonの相関分析を用いて検討した.全ての解析には統計解析ソフト(IBM SPSS statistics ver. 21 for windows)を使用し,有意水準は5%とした.

結果

1. 対象者背景

本研究に同意が得られた女性健常高齢者10名のうち,データ欠損により2名が除外されたため,8名を解析対象とした.対象者の背景を表1に示す.

表1 対象者特性
年齢(歳)72.9±3.1
身長(cm)149.1±4.7
体重(kg)47.6±4.6
BMI21.8±2.2
VC(L)2.2±0.3
%VC(%)95.2±12.6
FEV1(L)1.6±0.2
% FEV1(%)98.7±12.5
FEV1/FVC(%)81.4±4.9
MVV(L/min)60.4±17.1

mean±SD

BMI: body mass index,VC: vital capacity,FEV1: forced expiratory volume in one second,MVV: maximal voluntary ventilation

2. 各検査の測定結果

ISWTとISWRTの総移動距離は,それぞれ 238.8±104.1 m,257.5±135.9 mであり,有意差を認めなかった.両者においてはいずれも完遂者はなく,試験中止理由は,全て「%peak HRが85%以上の上昇」であり,ISWRTにおいては走行まで到達した者は8名中1名(12.5%)のみであった.呼吸循環反応の指標についても,ISWTとISWRTとの間に有意差は認められなかった(表2).

表2 各フィールドテストの測定結果
女性健常高齢者(n=8)
ISWTISWRTp値
peak V ˙ O2(ml/kg/min)21.4±4.019.4±4.70.749
%peak V ˙ O2(%)89.8±14.182.2±18.80.395
peak HR(bpm)125.5±3.2125.9±2.60.598
%peak HR(%)85.3±0.885.6±0.60.237
peak V ˙ E(L/min)24.5±4.825.9±7.60.534
peak V ˙ E/MVV44.5±19.947.6±24.40.395
呼吸困難4[3-4]4[3-4]0.854
下肢疲労感1[1-3]1.5[0-4]0.832
SpO2 最低値(%)95.3±1.895.1±2.00.684
総移動距離(m)238.8±104.1257.5±135.90.362

mean±SD,median [IQR],peak V ˙ O2: peak oxygen uptake,%peak V ˙ O2: peak V ˙ O2/-0.23×年齢+40.4,peak HR: peak heart rate,%peak HR: peak HR/予測最大HR(220-年齢)×100,peak V ˙ E: peak minute ventilation

各検査から得られたpeak V ˙ O2と総移動距離との関係を図1および2に示す.いずれもpeak V ˙ O2と総移動距離との間に強い相関関係(ISWT: r=0.74, p=0.037, ISWRT: r=0.80,p=0.017)を認めた.

図1

ISWTの総移動距離と最高酸素摂取量の関係

図2

ISWRTの総移動距離と最高酸素摂取量の関係

考察

本研究では,ISWTが女性健常高齢者の運動耐容能評価として適用できるかどうかを検証するためにISWTとISWRTにおける総移動距離や呼吸循環反応を比較検討した.その結果,運動耐容能の指標である総移動距離やpeak V ˙ O2,呼吸循環系の指標においてISWTとISWRTとの間に有意差は認められなかった.その要因としては,走行まで達しなかった者が8名中7名(87.5%)で,その中止理由は%peak HRが85%以上の上昇によるものであったことが挙げられる.この結果は,女性健常高齢者においては,先行研究により懸念されていた歩行速度がISWTの制限因子とはならず,移動距離の増加に伴い呼吸循環系に対して高い運動負荷量を与えたことが運動を中止する要因であったことを示唆する.また,各検査から得られたpeak V ˙ O2と総移動距離との間にはいずれも強い相関関係を認めた.ISWTにおいて,peak V ˙ O2と総移動距離との間に強い相関関係が認められたのは,総移動距離に対して V ˙ O2が直線的に増加する特徴があるためと考えられている5,19.以上のことから,女性健常高齢者においてISWTは,運動耐容能を過小に評価している可能性はなく,今回比較対象として用いた走行を許可するISWRTを行わなくても,呼吸循環系に十分高い運動負荷を与えていることが推察された.本研究の結果は,女性健常高齢者における運動耐容能評価としてのISWTの適用を支持する一つの根拠となるものと考えた.

本研究の制限因子としては,第一に対象者が8名と少なかったこと,第二にCPXを実施できておらず,各フィールドテストの総移動距離とCPXから得られたpeak V ˙ O2との間に相関関係にあるのか検証できなかったことが挙げられる.加えて,約 2 kgの携帯型呼気ガス分析装置を装着した状態での歩行試験が総移動距離や呼吸循環系に影響を与えた可能性は否定できない.

一方,本研究の強みは,先行研究ではISWTは対象者の最高歩行速度への到達が評価終了点となることが運動耐容能評価の制限因子として懸念されていたことに対して,走行を許可することで歩行速度の影響を除外したISWRTと,総移動距離や呼気ガス分析装置にて評価された呼吸循環反応を比較検討することによって,ISWTが女性健常高齢者の運動耐容能を過小評価しているか否かを検証したことである.その結果,ISWTは走行の有無に関わらず,十分な運動負荷を与え得ることが示され,女性健常高齢者を対象とした運動耐容能評価としてその適用を支持する一つの根拠を示すことができたと考える.

今後は,対象者を増やした上で,女性健常高齢者におけるISWTの有用性についてCPXを始めとする他の運動負荷試験との比較検討によって検証する必要がある.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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