日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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原著
医薬連携における吸入手技不良リスクの予測
梶原 浩太郎兼定 晴香田口 禎浩甲田 拓之牧野 英記三好 真理西岡 茉莉山内 美和松本 早苗兼松 貴則
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2020 年 28 巻 3 号 p. 424-428

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要旨

【目的・方法】医薬連携において吸入手技不良の患者背景のリスク因子を解析する.診療録による後ろ向き解析で,2015年2月から2018年5月に,院外薬局で気管支喘息またはCOPDの吸入指導を行った631件を解析した.

【結果】患者背景は平均年齢 63.4歳,男性 54%.気管支喘息 60%,COPD 38%,咳喘息/アトピー咳嗽 13%(重複を含む).指導薬剤は810件.吸入手技不良は16%でみられ,内訳は薬剤セット3%,吸入器の操作 3%,握力 4%,吸入力 5%, タイミング 5%,息止め5%であった(重複を含む).

吸入手技不良を目的変数に,患者背景(70歳以上,男性,DPI,pMDI,吸入力低下,手指関節変形・握力低下,自己中断歴,認知機能低下,COPD,気管支喘息,咳喘息/アトピー咳嗽)を説明変数としてロジスティック回帰分析を行ったところ,70歳以上が有意に吸入手技不良と関連していた(p<0.001).

【結論】70歳以上は吸入手技不良の最大のリスク因子である.

緒言

吸入薬はCOPDや気管支喘息において重要な治療手段だが,効果を得るためには適切な吸入手技が必要である.医薬分離の政策を受け,処方箋受け取り率の推計は増加傾向にあり(2017年 愛媛県 58.7% 前年+2%)1,当院では2015年2月から外来患者は原則的に院外処方となり,院内薬局で行っていた吸入指導に代わり院外薬局との医薬連携を行った.具体的には,吸入薬の新規開始時,薬剤変更時に,医師が「吸入指導依頼書」を発行し,院外薬局の薬剤師が吸入指導を行った後に,「吸入指導報告書」を用いて主治医へフィードバックするシステムを運用した.吸入薬の新規開始時は原則的に全例に初回吸入指導を行うこととし,再指導は主治医判断で必要と考えられた際に再指導を行うこととした.吸入指導を統一できる院内処方ですら高齢者は吸入手技不良となるリスクが示されており2,吸入指導が統一困難な院外処方では更なる吸入手技不良リスクが懸念された.院外薬局との吸入指導の医薬連携において,薬剤師が吸入指導で特に留意すべきハイリスク患者の背景を検討した.

対象と方法

当院の医薬連携においては,医師が吸入指導依頼書に病名,指導依頼薬剤名,用法,リスク因子(吸入力低下,手指関節変形・握力低下,自己中断歴,認知機能低下),副作用歴,握力補助具・吸入補助具の配布の有無を記載し薬局に情報提供を行った.吸入力低下はインチェックダイアル・ディスカスアダプターでpeak inspiratory flow(PIF)が30 L/min未満または吸入力不足の吸入指導歴などを基に主治医判断とした.手指関節変形・握力低下は変形性手関節症や関節リウマチの既往歴などを基に主治医判断とした.自己中断歴は患者の自己申告とし,認知機能低下は診察時の会話の不成立を指標として主治医判断とした.握力計や改訂長谷川式認知症スケールでの評価は行わなかった.

薬剤師が吸入指導を行った後に,吸入指導報告書に,薬剤・疾患の理解について(薬効,用法,副作用,うがい),デバイスの適否について(吸入器の操作,握力,吸入力,タイミング),吸入手技について(薬剤セット,息止め,保管・洗浄・残量確認)の各項目について「問題なし」,「やや問題(再指導を要する)」,「問題あり(薬剤変更を要する)」の3段階評価,および握力補助具や吸入補助具の提案,薬剤をセットした状態で配布するなどのコメントを記入して医師に情報をフィードバックした.3段階評価は薬剤師の主観的判断とした.資料,口頭,DVD,実際に吸入などの吸入指導の方法は薬剤師の判断とした.pMDI(pressurized metered dose inhaler)は吸入補助具以外は医師からの指定はなく,各薬局の判断とした.

2015年2月から2018年5月に当院の気管支喘息,COPD,または咳喘息/アトピー咳嗽の診断または疑い患者で,医師による吸入指導依頼書と薬剤師による吸入指導報告書を用いて吸入指導を行った693件を組み入れ基準とし,診療録を用いて患者背景を調査した.主要評価項目は「吸入手技不良」とし,吸入手技不良は,吸入指導報告書の薬剤セット,吸入器の操作,握力,吸入力,タイミング,息止めのいずれかの項目が「やや問題」または「問題あり」と記載されたと定義した.副次評価項目は,吸入指導報告書の薬剤・疾患の理解について,保管・洗浄・残量確認とした.患者本人が吸入指導を受けなかったか,主要評価項目に欠損値があるものは除外とした.

統計ソフトはR 3.2.0.を用いた.まず多変量解析で用いる年齢カットオフ値を決めるため,ヒストグラムで分布を確認した後に,目的変数を吸入手技の問題に,説明変数を年齢としたROC曲線で解析し,70歳をカットオフ値とした.吸入手技不良のリスクを,目的変数を吸入手技不良に,説明変数を70歳以上,男性,吸入力低下,自己中断歴,手指関節変形,認知機能低下としてロジスティック回帰分析を行った.有意水準は0.05とした.説明変数の数は,イベント数の1/10を目安とした.解析にあたって,うがいや息止めが不要とされている薬剤は,それぞれ該当項目を「問題なし」として扱った. また,特定の吸入デバイスによる吸入手技不良がないかどうか,目的変数を吸入手技不良に,説明変数を,70歳以上,男性,吸入力低下,手指関節変形,認知機能低下,エリプタ®,タービュヘイラー®,レスピマット®,レスピマット®以外のpMDI(pressurized metered dose inhaler)としてロジスティック回帰分析を行った.有意水準は0.05とした.

本研究の実施にあたり,ヘルシンキ宣言に定めた倫理的指針の原則に従い,松山赤十字病院倫理委員会の承認を得て実施した.インフォームドコンセントは人を対象とする医学系研究に関する倫理指針に従い,ホームページで臨床研究を公開し被験者に拒否の機会を設けるオプトアウト法を用いた.

結果

吸入指導依頼書・吸入指導報告書は693件であり,患者本人が吸入指導を受けなかった33件と,主要評価項目の欠損値がある29件が除外され631件を解析対象とした.初回指導は516件,再指導は115件であった.オプトアウトを希望された被験者はみられなかった.

診療録および吸入指導依頼書より調査した患者背景を表1に示す.年齢は17~94歳で平均年齢63.4歳であり小児例は含まれていなかった.疾患別では,気管支喘息が60%と最も多く,COPD 38%,咳喘息/アトピー咳嗽 13%と続いた.これらの病名は吸入指導時の病名であり,疑い病名を含む.特に咳喘息/アトピー咳嗽は,慢性咳嗽の治療的診断のために吸入指導が行われており,吸入指導の時点では確定診断がついていない.約2/3は門前薬局での吸入指導が行われていた.薬剤件数は810件であり薬剤別では,レルベアエリプタ®,メプチンエアー®,スピリーバレスピマット®の順に多かった.医師による吸入力評価のうち,PIF測定は51 / 631件で行われ,全例30 L/min以上であった.pMDIの吸入補助具は医師により11件が導入されており,2件は吸入指導において薬剤師から提案された.それ以外のpMDIの吸入方法は記録されなかった.

表1-a 吸入指導の患者背景
年齢 Mean(SD)-yr
全体N=63163.4(17.0)
性別-no.(%)
 男性340(54)66.8(15.4)
 女性291(46)60.0(17.8)
Body mass index Mean(SD)23.1(4.0)
疾患(重複,疑い例を含む)-no.(%)
 気管支喘息377(60)60.4(17.9)
 COPD237(38)72.3(9.2)
 咳喘息/アトピー咳嗽80(13)56.8(17.8)
指導薬局 -no.(%)
 門前薬局416(66)62.1(17.8)
 他薬局215(34)65.9(14.9)
依頼科-no.(%)
 呼吸器内科618(98)63.3(16.9)
 他科13(2)71.6(16.9)
医師によるリスク評価-no.(%)
 認知機能低下25(4)76.6(7.4)
 自己中断歴18(3)64.2(12.0)
 手指変形・握力低下13(2)69.7(12.8)
 吸入力低下10(2)78.9(5.9)
医師による握力補助具追加-no.(%)24(4)67.8(13.5)
医師による吸入補助具追加-no.(%)11(2)77.2(5.7)

表1-b 吸入指導の患者背景
指導薬剤-no.N=810
DPI:dry powder inhaler
エリプタ
 アニュイティエリプタ®4
 アノーロエリプタ®16
 エンクラッセエリプタ®8
 レルベアエリプタ®216
タービュヘイラー
 シムビコートタービュヘイラー®39
 パルミコートタービュヘイラー®17
ディスカス
 アドエアディスカス®33
その他
 オンブレス吸入用カプセル®25
 ウルティブロ吸入用カプセル®18
 エクリラジェヌエア®1
 スピリーバ吸入用カプセル®5
 メプチンスイングヘラー®1
pMDI:pressurized metered dose inhaler
レスピマット
 スピオルトレスピマット®40
 スピリーバレスピマット®132
その他
 メプチンエアー148
 アドエアエアゾール®19
 オルベスコインヘラー®37
 キュバールエアゾール®1
 フルティフォームエアゾール®43
 サルタノールインヘラー®6
BIS:Budesonide Inhalation Suspension
 パルミコート吸入液®1

吸入指導報告書による吸入指導結果を表2に示す.主要評価項目の吸入手技不良は 16%(101/631)でみられ,内訳は薬剤セット3%(19/631),吸入器の操作 3%(17/631),握力 4%(28/631),吸入力 5%(34/631), タイミング 5%(34/631),息止め5%(33/631)であった(重複を含む).吸入手技不良の年齢別ヒストグラムを図1に示す.60歳代以降年齢とともに吸入手技不良が増加し,60歳代 12.2%,70歳代 21.4%,80歳代 31.8%,90歳代 100%であった.この傾向は吸入器操作,握力,タイミング,息止めの各項目で同様であった.ロジスティック回帰分析で用いる年齢カットオフ値を決めるため,目的変数を吸入手技の問題に,説明変数を年齢としたROC曲線で解析し,70歳をカットオフ値とした(図2).吸入手技不良を目的変数に,患者背景{70歳以上,男性,DPI(dry powder inhaler),pMDI,吸入力低下,手指関節変形・握力低下,自己中断歴,認知機能低下,COPD,気管支喘息,咳喘息/アトピー咳嗽}を説明変数としてロジスティック回帰分析を行ったところ,「70歳以上」のみが有意に吸入手技不良と関連していた(p<0.001.C統計量0.726)(表3).また,特定の吸入デバイスによる吸入手技不良がないかどうかのサブ解析を行った.本研究の吸入指導報告書は薬剤別の評価ではなく患者ごとの評価であり,いずれかの薬剤で吸入手技不良があれば同時に吸入指導を行った他剤についても吸入手技不良と判定した.デバイス・年齢別の吸入手技不良率では,タービュヘイラーは70歳以上で手技不良が多く,若年に処方される傾向があった(表4).この処方バイアスを除いてデバイスによる吸入手技不良のリスクを評価するため,目的変数を吸入手技不良に,説明変数を,70歳以上,男性,吸入力低下,手指関節変形,認知機能低下,エリプタ®,タービュヘイラー®,レスピマット®,レスピマット®以外のpMDIとしてロジスティック回帰分析を行ったが,同様に「70歳以上」のみが有意に関連しており(p<0.001),デバイスによる違いはみられなかった(C統計量0.724).

表2 薬剤師による吸入手技評価
吸入手技不良101/631
やや問題問題あり
吸入手技
 薬剤セット17/6312/631
 吸入器の操作16/6311/631
 握力27/6311/631
 吸入力33/6311/631
 タイミング33/6311/631
 息止め30/6313/631
その他手技
 保管・洗浄・残量確認12/6283/628
薬剤・疾患の理解について
 薬効10/6301/630
 用法8/6302/630
 副作用11/6295/629
 うがい4/6273/627
その他
 握力補助具を追加しました16/631
 エアロチャンバーを提案します2/631
 空噴霧やセットした状態でお渡しします68/631

図1

年齢別にみた吸入手技不良

図2

ロジスティック解析で用いる吸入手技リスクとなる年齢カットオフ値

表3 ロジスティック解析による患者リスク因子
オッズ比(95%CI)VIFP値
定数0.04
70歳以上3.7(2.3-6.1)1.1<0.001
男性1.3(0.8-2.1)1.40.4
DPI0.6(0.3-1.1)2.30.1
pMDI1.0(0.5-1.9)2.10.9
吸入力低下1.8(0.4-7.3)1.10.4
手指関節変形・吸入力低下1.7(0.7-4.2)1.20.2
自己中断歴1.8(0.5-6.3)1.00.4
認知機能低下2.4(1.0-5.8)1.10.06
COPD1.8(0.8-3.8)2.80.1
気管支喘息2.0(1.0-4.3)2.70.08
咳喘息/アトピー咳嗽1.3(0.4-3.6)1.80.7

表4 デバイス・年齢別の吸入手技不良率
70歳未満
%(N)
70歳以上
%(N)
全体
%(N)
年齢
Mean(SD)-yr
エリプタ®5%
(8/148)
23%
(22/95)
12%
(30/243)
62.1
(17.4)
タービュヘイラー®4%
(2/45)
39%
(5/13)
12%
(7/58)
51.4
(19.1)
レスピマット®10%
(8/77)
28%
(27/97)
20%
(35/174)
70.0
(10.6)
レスピマット®以外のpMDI29%
(24/83)
12%
(18/146)
18%
(42/229)
59.6
(18.3)

考察

2017年のメタアナリシスでは吸入手技不良は60.9%,特に重大な吸入手技不良は28.4%生じている3.本研究では吸入手技不良は 16%と少ないが,これは母集団の患者背景の違い以外にも系統誤差や偶然誤差などlimitationの影響が考えられる.系統誤差については,明らかに吸入手技ができない患者には処方されず,医師によって握力補助具や吸入補助具が既に配布されている例を解析に含むことにより,吸入手技不良のリスクが過小評価されうる.これはランダム化比較試験で解決しうるが,吸入手技不良となる患者が増えることが予想され,明らかな患者の不利益という倫理的な問題から現実的ではない.偶然誤差については,PIFは一部でしか測定されておらず,吸気流速低下や認知機能低下など複数の項目が主治医判断であること,吸入手技の3段階評価が薬剤師による主観的評価であること,指導の説明方法(資料,口頭,DVD,実際に吸入)や時間などの統一がないことが挙げられる.

吸入手技不良は決して少なくない割合で生じており,吸入手技不良の最大のリスク因子は年齢であり,特に70歳以上は20%以上で吸入手技不良があるハイリスクであった.年齢との関連を示したこれまでの報告は,院内薬局での吸入指導でも高齢者は吸入手技不良リスク2,高齢者では吸入流速が低下しやすい4,pMDIを押すのに必要な30Nを出せない5などがある.年齢は吸入流速や握力測定に比べ簡便で汎用性が高く,吸入指導において容易にリスクを評価できる.本研究ではロジスティック回帰分析の回帰係数を基に吸入手技不良となるリスクスコア作成を試みたが,年齢のみが有意であったため作成できなかった.表4のデバイス別解析からはタービュヘイラーは高齢者に適さず医師も処方を避けている可能性がみられた.ただし,本研究は詳細なデバイス別解析はサンプルサイズの問題から主目的としていないため,別途研究がなされるべきと考える.

医薬連携には様々な問題が指摘されている.小規模薬局であれば吸入指導の経験不足やマンパワー不足などが懸念されている6.さらに吸入薬は各メーカーから発売されており薬剤ごとに息止め・うがい・操作方法などが異なる7.本研究でも吸入指導の薬剤は21種類に及んでおり,薬剤師の負担となりうると考えられた.この医薬連携の問題について,本研究の結果や他の研究結果を鑑み改善しうる方法を検討した.院外薬局との情報交換には連携ツール8,9が用いられ,当院では門前薬局以外からも吸入指導依頼書によるフィードバックが多数得られており,非常に有用である.吸入指導の薬剤師の負担を減らす方法として動画を用いた吸入指導があり,アドヒアランスの改善10や,直接の薬剤師による指導と同程度の改善が得られる報告11がある.しかし,これらは少数かつ平均年齢50歳前後の研究であり,吸入手技不良となる高齢者が過小評価されている可能性がある.本研究の結果と併せて検討すると,比較的リスクの少ない70歳未満の患者にこれらのツールを用いれば,効率的に吸入指導ができる可能性がある.70歳以上は20%以上で吸入手技不良が起きているハイリスク群であり,医師による吸入薬の選択と,院外薬局の薬剤師による吸入指導は特に注意してなされるべきである.

謝辞

本研究の実施にあたり,データ入力にご協力頂いた医療事務の土居美知子さん,加茂陽香さん,藤下千明さん,御協力いただきました薬剤師の先生方に厚く御礼申し上げます.

備考

本研究は第28回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(千葉)で発表した.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本研究に関連し,発表者に開示すべきCOI関係にある企業などはない.

文献
 
© 2020 一般社団法人日本呼吸ケア・リハビリテーション学会
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