日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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原著
体幹屈伸運動の有無が咳嗽時およびハフィング時最大呼気流速に与える影響
片桐 夏樹羽根田 陽平赤塚 清矢伊橋 光二
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2020 年 28 巻 3 号 p. 429-433

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要旨

【目的】咳嗽およびハフィング時の体幹屈伸運動の有無が呼気流速に与える影響を検討する.

【方法】健常成人男性20名を対象に,椅子座位にて体幹直立位で固定した方法,体幹直立位から体幹の屈伸運動を許可した方法の双方で咳嗽とハフィングを行い,咳嗽時最大呼気流速(PCF)とハフィング時最大呼気流速(PHF)を測定した.また,胸郭拡張差と体幹可動域も測定した.

【結果】体幹屈伸運動を許可した方法でPCF・PHFともに,直立位で固定した方法よりも高値を示した(p<0.01).また,各方法間の呼気流速の差と体幹可動域,胸郭拡張率には相関を認めなかった.

【考察と結論】体幹伸展によって呼気筋群が伸張され,長さ-張力関係から胸腔内圧が高まることでPCF・PHFは高値を示したと考えられる.よって,咳嗽力測定時や気道クリアランス時には体幹屈伸運動を許可することで,より最大の機能が発揮されることが考えられた.

緒言

咳嗽は気道疾患や,呼吸筋力の低下した患者における気道クリアランスの重要な構成要素である1.また,気道クリアランスの手技であるハフィングは声門を開いたまま行う強制的な呼出法を指し,咳嗽とともにすべての手技に共通して用いられるべき基礎的な方法2として広く応用されている.American Association Respiratory Careが発表した診療ガイドライン3では,咳嗽時最大呼気流速(Peak Cough Flow:以下,PCF)が 270 L/min以下の症例は気道クリアランスの保持に不十分として,徒手による咳嗽介助や排痰補助装置を用いた排痰を行うことを推奨している.また,多数のガイドライン3,4,5にてPCFを用いた咳嗽力の評価は簡便かつ有用であると示されているが,その明確な測定肢位を報告した文献はない.体位の変動が呼吸筋力に影響を及ぼすことが報告されている6,7,8ものの,臨床では体幹の運動に関して的確に指示がなされずに測定が実施されているのが現状である.

呼吸機能測定では,体幹屈伸運動を許可した方法で行うことで,%努力性肺活量(% Forced Vital Capacity:以下,%FVC)と%最大呼気口腔内圧(% Maximal Expiratory Pressure:以下,%PEmax)が有意に増加することを矢口ら8が報告しているが,PCFやハフィング時最大呼気流速(Peak Huffing Flow:以下,PHF)においても同様に影響があるのではないかと考えられる.自発的な咳嗽による排痰の可否を判定する方法としてPCFの値をより正確に示し,かつ咳嗽やハフィングによる気道クリアランスをより効果的に行うために,測定方法の統一や流速に影響を与えうる因子を検証することが求められている.しかし現在,体幹屈伸運動の有無とPCF・PHFの関係について明確ではない.

咳嗽は吸気相,圧縮相,呼出相の3相に分けられ9,筋はその発揮張力が筋長に依存することが示唆されている10.吸気相では吸気量が多ければ多いほど胸郭が拡張し,呼気筋群が伸張され,長さ-張力関係から筋収縮時の筋張力が増加することで,胸腔内圧を高く生成することが可能になる9,11.よって胸郭の拡張性が高いほど,PCF,PHFは高値を示す可能性がある.また,体幹の伸展により胸郭は拡張するが,伸展の可動域が大きいものは胸郭がより拡張し,吸気量が増加,筋張力が増大する可能性があり,咳嗽やハフィングの呼気流速が高値になることが考えられる.

そこで本研究では,健常成人を対象として,体幹屈伸運動の有無が咳嗽やハフィングの呼気流速に影響を与えるか検証するとともに,胸郭拡張性や体幹の可動域がPCFやPHFの変化に関連するか検討することを目的に研究を行った.

対象と方法

1. 対象

対象は年齢や性別といった交絡になり得る因子を考慮し,若年健常成人男性20名と設定した.その特性は表1に示す.対象者の取り込み基準は,本研究に影響を及ぼす疾患の既往がない者と設定し,本研究の目的及び方法を口頭で説明して,書面にて同意を得られた者とした.

表1 対象者の基本属性
年齢(歳)21.4±1.3
身長(cm)172.5±7.1
体重(kg)62.6±9.9
VC(mL)4,336.2 ±165.6
%VC(%)94.5±16.2

n=20(VC,%VCのみn=19) 平均±標準偏差

VC: Vital Capacity,%VC: % Vital Capacity

2. 方法

1) 測定項目

咳嗽力の指標としてPCF,ハフィングの指標としてPHFを測定した.また,呼気流速と関連する可能性のある因子として体幹可動域と胸郭拡張差を測定した.

2) 測定条件と方法

(1) PCFとPHF

電子式スパイメーター(Chest社製,CHESTGRAPH HI-105)にエアシールマスクを装着し,FVC計測モードで最大努力咳嗽とハフィングを行い,PCF・PHFを測定した.測定肢位は椅子座位とし,体幹直立位で固定した方法(以下,固定位測定),体幹直立位から体幹の屈曲と伸展の運動を許可した方法(以下,可動許可測定)の2つの方法で行った(図1).被験者には固定位測定時に「姿勢を保ったままできるだけ大きく息を吸い,できるだけ強い咳またはハフィングをしてください」と指示し,可動許可測定時には,「体幹直立位から伸展しながらできるだけ大きく息を吸い,屈曲しながらできるだけ強く咳またはハフィングを行ってください」と指示した.疲労を考慮し,被験者は各方法を最大3回練習した.測定時の頸部の屈伸運動は矢口ら8の測定方法を参考に,被験者の自由とし,肩甲帯,肩関節の動きは許可しない方法で統一した.

図1

各呼気流速の測定方法

①体幹直立位で固定した方法(固定位測定)

②体幹直立位から体幹の屈曲・伸展を許可した方法(可動許可測定)

各パラメーター,各条件での測定回数はそれぞれ3回,計12回とした.測定の順番は順序効果を考慮し,Excel(Microsoft社製,Excel 2013)上で発生させた乱数を用いて決定した.各PCF・PHFの値は固定位測定と可動許可測定の条件のうちの最大値を採用した.

(2) 胸郭拡張差

測定肢位は座位とし,テープメジャ―を用いて測定した.腋窩高,剣状突起高,第12肋骨高の各高位で最大吸気位,最大呼気位,安静呼気位の胸郭周径をそれぞれ3回ずつ測定した(図2).胸郭拡張差は最大吸気位と最大呼気位の胸郭周径の差と定義し,差が最大となるように各高位での最大吸気位の最大値,最大呼気位の最小値を採用した.安静呼気位は各高位の3回の測定値の平均値を採用した.また体格による影響を除くため,胸郭拡張率を算出した.

図2

胸郭拡張差の測定

胸郭拡張率=[(最大吸気位-最大呼気位)/ 安静呼気位]×100

(3) 体幹可動域

スパイナルマウス(Index社製)を用いて測定した.スパイナルマウスは脊椎のアライメントと可動域の測定が可能な装置であり,X線写真との比較による妥当性が報告され,検者内・検者間信頼性が良好であることが確認されている12,13,14.測定姿勢は座位で,体幹直立位,最大屈曲位,最大伸展位の測定を1セットとし,3回測定した.1セットで測定されたデータは,直立位から屈曲位の可動域と直立位から伸展位の可動域を加算した値を全可動域と定義し,3セットにおける全可動域の最大値を採用し,解析に用いた(図3).

図3

スパイナルマウスを用いた体幹可動域の測定

スパイナルマウスは3軸加速度センサーを搭載し,脊柱の傍線部を第7頸椎から第3仙椎にかけてなぞることで表皮を介した脊椎棘突起の位置を3次元的に捉え,各椎間の角度を計算し,可動域を算出する.

3. 統計学的解析

各データの正規性の検定にはShapiro-Wilk検定を用いた.正規分布の確認後,固定位測定と可動許可測定の条件間でのPCF・PHFの差の検定は対応のあるt検定を用いた.また,各条件での呼気流速と胸郭拡張率,体幹可動域の相関係数をPearsonの相関係数を用いて算出した.

全ての統計学的解析はR version 3. 51を用いて両側検定で行い,統計学的有意水準は5%と設定した.

結果

1. 体幹屈伸運動の有無によるPCFとPHFの比較

PCFの平均値は,固定位測定が 480.9±109.1 L/min,可動許可測定が 528.2±96.2 L/minであり,可動許可測定が有意に高値を示し(p<0.01,図4),固定位測定と可動許可測定において得られた測定値の平均値の差は 47.3±43.4 L/minであった.また,PHFは,固定位測定が 496.0±100.2 L/min,可動許可測定が 529.7±89.9 L/minで,可動許可測定で有意に高値を示し(p<0.01,図5),固定位測定と可動許可測定において得られた測定値の平均値の差は 33.7±39.7 L/minであった.

図4

体幹屈伸運動の有無によるPCF・PHFの比較

対応のあるt検定を使用.n=20 *: p<0.01

①PCF測定の比較.可動許可測定が有意に高値を示した.

②PHF測定の比較.可動許可測定が有意に高値を示した.

PCF: Peak Cough Flow,PHF: Peak Huffing Flow

2. 体幹可動域の測定結果とPCF・PHFの変化量との関係

体幹可動域の結果は表2-①に示した.PCFの変化量と体幹全可動域(r=-0.23,p=0.32),胸椎全可動域(r=-0.05,p=0.83),腰椎全可動域(r=-0.11,p=0.64)には有意な相関を認めなかった.PHFの変化量と体幹全可動域(r=-0.12,p=0.62),胸椎全可動域(r=0.12,p=0.62),腰椎全可動域(r=0.01,p=0.96)には有意な相関を認めなかった.

表2 体幹可動域,胸郭拡張差の結果
① 体幹可動域の結果② 胸郭拡張率の結果
全可動域68.6±13.3腋窩高7.0±1.5
胸椎全可動域33.9±15.0剣状突起高7.8±2.0
腰椎全可動域71.0±13.2第12肋骨高8.7±2.1

① 体幹可動域の結果

  n=20 平均±標準偏差(°)

② 胸郭拡張差の結果

  n=20 平均±標準偏差(%)

3. 胸郭拡張率の測定結果とPCF・PHFの変化量との関係

胸郭拡張率の結果は表2-②に示した.PCFの変化量と腋窩高(r=0.09,p=0.70),剣状突起高(r=0.14,p=0.74),第12肋骨高(r=0.20,p=0.67)の各拡張率には相関を認めなかった.PHFの変化量と腋窩高(r=-0.12,p=0.61),剣状突起高(r=-0.08,p=0.74),第12肋骨高(r=-0.15,p=0.54)の各拡張率には相関を認めなかった.

考察

本研究の結果から,体幹屈伸運動により固定位測定と比較してPCFとPHFが有意に増加することが示された.また,PCF・PHFの変化量と胸郭拡張率,体幹可動域には相関を認めなかった.このことから,体幹屈伸運動は咳嗽およびハフィングに影響を与えることが考えられた.

体幹屈伸運動を許可した呼吸機能測定時には,%FVCと%PEmaxが固定した測定方法よりも有意に増加する8.また,咳嗽の発生には腹直筋,腹斜筋群,腹横筋が強く影響し15,さらに呼気相の前の声門閉鎖と高い肺容量によって,気流の駆出力を産生する9ことが報告されている.本研究では,可動許可測定において,吸気時に体幹伸展し,屈曲時に咳嗽およびハフィングが発生するが,先行研究では,体幹の屈伸に伴い胸郭が縮小または,拡張することが示唆されている8.体幹伸展に伴った吸気によって胸郭が拡張し,呼気筋群が伸長され,長さ-張力関係から筋収縮時の胸腔内圧が高まる16.よって可動許可測定では,より多くの吸気が可能になり,その吸気量の増加によってさらに呼気筋群が伸張され呼出相における発揮張力が増加し,胸腔内圧が増加する可能性がある.そのため,PCF・PHFは高値を示したことが考えられる.

また本研究では,PCF・PHFの変化量と体幹可動域や胸郭拡張率の間に相関を認めなかった.垣内ら17は中高齢者を対象としてPCFの値と胸郭拡張差の間の相関係数を算出し,有意な相関を認めなかったと報告している.本研究のPCFと胸郭拡張率の値の間に相関があるとは言えないという結果はこの報告に準ずるものであった.PCFは吸気量に依存する18ことが報告されており,胸郭拡張率は咳嗽やハフィングの吸気相や呼出相に関与する可能性が考えられ,また体幹の伸展に伴い胸郭が拡張し,呼気筋群をより伸張するため,体幹可動域が大きい者はPCFやPHFの値も大きい可能性が考えられた.しかし,結果が得られなかった原因として,体幹可動域や胸郭拡張率は被験者の最大の機能を示す値であり,実際の咳嗽やハフィングに用いる動作と一致していない可能性があると考えられた.

以上より,座位での咳嗽力測定や気道クリアランス時には,可能な限り体幹の屈伸運動を伴って行うことで高い呼気流速を確保できることが示唆された.また,胸郭拡張率や体幹可動域はPCF・PHFを変化させる要因であるとは言えないことが示された.本研究では体幹屈伸運動がPCF・PHFに及ぼす影響を検討することができたが,本知見は若年健常成人男性のみで得られたものであり,女性や高齢者,実際の患者群においても同様の結果が得られるかは検証の余地がある.また,呼吸筋力に関する指標の検討ができていないため,今後の測定とともにより詳細な検討が必要と考えられる.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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