2020 年 28 巻 3 号 p. 467-470
COPD患者に対する運動前の短時間作用性β2刺激薬吸入(アシストユース)の有効性が報告され,この機序として動的肺過膨張の改善効果が示されている.本研究ではグルコピロニウム/インダカテロール配合剤使用下でも体動時息切れを有する症例を対象として,プロカテロールの動的肺過膨張改善効果について検証した.動的肺過膨張は「過呼吸法による呼吸数増加時の最大吸気量(inspiratory capacity: IC)の減少」にて評価した.呼吸数40回/分のIC(IC40)は安静時のIC(ICrest)と比較し有意に低下し,動的肺過膨張の存在が考えられた.プロカテロール吸入は呼吸数増加に伴うICの減少(ΔIC40-ICrest)を有意に改善し,動的肺過膨張を改善させた.以上のことから,プロカテロールはグルコピロニウム/インダカテロール配合剤併用下においてもアシストユースの効果が得られる可能性が示唆された.
慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease: COPD)では運動や労作によって換気需要が増加した場合,主に呼吸回数が増加する.このため呼気時間が短縮し呼気時に空気が肺にトラップされ(エアートラッピング),肺内の残気量が増加し最大吸気量(inspiratory capacity: IC)は減少していく.これは動的肺過膨張と呼ばれ,COPDにおける労作時呼吸困難の重要な要因であり,運動耐容能の低下に寄与している1).COPDにおける薬物療法の中心である気管支拡張薬は,気管支平滑筋の弛緩作用によりエアートラッピングを軽減することでICが増加し,労作時の肺過膨張を減少させる.実際,長時間作用性抗コリン薬(long-acting muscarinic antagonists: LAMA)および長時間作用性β2刺激薬(long-acting beta 2 agonists: LABA)の合剤であるグルコピロニウム/インダカテロール配合剤は,プラセボ群と比較し運動時間の延長と運動負荷によるIC減少の抑制,すなわち運動耐容能と動的肺過膨張を改善させることが報告されている2).
一方,COPDにおいて,長時間作用性気管支拡張薬を使用しているにもかかわらず体動時の息切れが残存する症例を多く経験する.このような症例に対して,日常生活動作前に短時間作用性β2 刺激薬(short-acting beta 2 agonists: SABA)を吸入することで,呼吸困難,健康関連QOL,運動耐容能の改善を認めることが報告され3,4),最新の本邦のガイドラインでも記載されている5).このようなSABAの使用方法は「アシストユース」と呼ばれているが,この機序としてSABA吸入による動的肺過膨張の改善効果が考えられている6,7).
本研究はグルコピロニウム/インダカテロール配合剤を使用中にもかかわらず労作時呼吸困難が残存するCOPD患者を対象とし,SABAであるプロカテロールの動的肺過膨張の改善効果について検証することを目的とした.
日本呼吸器学会COPDガイドラインに準じて診断された安定期COPD患者のうち,グルコピロニウム/インダカテロール配合剤(ウルティブロ®)を使用しても体動時呼吸困難が残存している患者を対象とした.当院では群馬吸入療法研究会が作成した吸入指導依頼書と評価表を用いて吸入指導を行っており,全例で吸入手技や吸入時間に問題がないことを確認している.本研究への参加の同意を取得した後,後述の如く動的過膨張の評価を行った.その後,プロカテロール(メプチン®エアー)10 μgをスペーサー(エアロチャンバー・プラス®)を用いて2吸入行い,15分後を目安に再度動的過膨張の評価を行った.
動的肺過膨張の評価として,メトロノームを用いて呼吸回数を増加させる過呼吸法の有用性が明らかとなっているが7),今回我々はFujimotoらの方法を参考にして動的肺過膨張の評価を行った7).被験者にマウスピースを銜えさせ,肺気量測定モードにて安静呼吸でのIC(ICrest)を測定.引き続いてメトロノームに合わせて呼吸数を40回/分で30秒間呼吸させ,呼気終末肺気量を定めIC(IC40)を測定.呼吸数の増加に伴うICの減少(ΔIC40-ICrest)の程度で動的肺過膨張の評価を行った.
過呼吸法による動的肺過膨張の評価の後,患者に労作による息切れが生じる前にプロカテロールを積極的に使用するように指示し,アシストユースの効果を検証した.また,アシストユースの効果を認めた症例に関しては,プロカテロールを3回処方するまでの期間から1症例当たりの1日平均使用回数を算出し,過呼吸法でのプロカテロールよるIC40の増加率(プロカテロール使用後のIC40-IC40)/IC40×100(%)との関連を検討した.
2. 統計学的解析本文中および図,表の数値は平均±標準偏差で示した.動的過膨張評価における呼吸数によるICの比較,およびプロカテロール吸入の有無によるICの比較は対応のあるT検定を用いた.また,プロカテロール吸入よる呼吸数40回/分のICの増加率と1日当たりのプロカテロール吸入回数との相関はPearsonの相関係数を用いた.すべての解析はStatView version 5(SAS Institute Inc., North Caroline, USA)を用いて検討し,統計学的有意差はp<0.05とした.
3. 倫理的配慮本試験実施に当たり,桐生厚生総合病院の倫理委員会の承認を得た(2015年12月承認:承認番号27-K020).また,すべての本研究参加者には文書を用いて試験内容を説明し,文書で同意を得た上で実施した.
本試験に登録された15例の患者背景を表1に示す.男性14例,女性1例で,平均年齢は72.5±8.3歳と高齢であった.肺機能での対標準1秒量(%FEV1)は34.6±13.0%で,病期分類はII期が2例,III期が7例,IV期が6例であり,重症例が多数を占めていた.安定期の薬物療法としてグルコピロニウム/インダガテロール配合剤以外に試験期間中に使用されていた薬剤は,メチルキサンチン(テオフィリン徐放薬)が3例,吸入ステロイド薬が2例,メチルキサンチンと吸入ステロイド薬を併用していた症例が2例であった.在宅酸素療法が行われていた症例は4例存在した.
年齢(歳) | 72.5±8.3 | |
男性/女性 | 14/1 | |
COPD病期分類 | ||
I | 0(0) | |
II | 2(13) | |
III | 7(47) | |
IV | 6(40) | |
肺機能検査 | ||
FEV1(L) | 0.90±0.29 | |
%FEV1(%) | 34.6±13.0 | |
FVC(L) | 2.08±0.48 | |
FEV1/FVC(%) | 44.0±11.4 | |
グルコピロニウム/インダカテロール配合剤以外のCOPDに対する投薬 | ||
メチルキサンチン | 5(33) | |
吸入ステロイド薬 | 4(27) | |
経口ステロイド薬 | 0(0) | |
在宅酸素療法 | 4(27) |
Mean±SD or n(%)
対象症例に対して過換気法による動的肺過膨張の評価を行った.安静時のICは 1.58±0.45 Lであったが,呼吸数を40回/分に増加させるとICは 1.15±0.34 Lと有意に低下し,動的肺過膨張の存在が考えられた(図1A).プロカテロール吸入後における呼吸数40回/分のICは 1.39±0.40 Lとプロカテロール吸入前と比較し有意に増加した(図1A).さらに呼吸数を40回/分に増加させることによるICの減少量(ΔIC40-ICrest)もプロカテロール吸入により有意に改善しており(図1B),プロカテロールにより動的肺過膨張が改善されることが考えられた.
過呼吸に伴う動的肺過膨張の評価におけるプロカテロール(SABA)の効果
(A)安静呼吸(ICrest),呼吸数40回/分(IC40)での最大吸気量(inspiratory capacity: IC).(B)ICrestとIC40との差(ΔIC40-ICrest).図の数値は平均±標準偏差で示した.*, **, ***, P<0.01.
動的肺過膨張の評価の後,アシストユースの効果について検討した.当院では群馬吸入療法研究会が作成した吸入指導依頼書と評価表を用いてアシストユースに対する吸入指導を行っており8),吸入手技の確立および呼吸困難が生じる動作や運動前にプロカテロール吸入を行うよう指導を行った.実際にアシストユースにより体動時の呼吸困難が改善した症例は,13例(86.7%)であった.次にアシストユースの効果があった症例において,プロカテロール吸入よるIC40の増加率と1日当たりのプロカテロール吸入回数との関連を検討した.その結果,プロカテロール吸入よるIC40の増加率が高い症例ほど,プロカテロールの使用回数の増加すなわちアシストユースの回数が多い傾向を認めた(r=0.52,p=0.07)(図2).一方でSABA吸入が増加することによる脈拍上昇が懸念されたが,動悸を含む副作用の出現は認めなかった.
プロカテロール(SABA)吸入によるIC40の増加率と1日当たりのプロカテロールの吸入回数との関連
COPD患者は長時間作用性気管支拡張剤による治療でも労作時の呼吸困難が残存し日常生活動作が制限される例が多く,運動前のSABA吸入(アシストユース)により呼吸困難感や運動耐容能が改善することが報告されている3,4).その機序はSABA吸入によって動的肺過膨張が改善されるためであり6,7),LAMAであるチオトロピウム使用中のCOPD患者においても,SABAを上乗せすることで動的肺過膨張を改善させることが明らかとなっている9).一方,LAMAとLABAの合剤であるグルコピロニウム/インダカテロール配合剤を使用中のCOPD患者において,SABAを上乗せすることによる動的肺過膨張への効果を検討した報告はない.本研究ではグルコピロニウム/インダカテロール配合剤を使用しているにもかかわらず体動時呼吸困難が残存しているCOPD患者において,SABAであるプロカテロールの吸入が動的肺過膨張を改善させることを明らかにした.すなわち,対象症例に対して呼吸数を40回/分に増加させることでICは有意に減少することから(図1A),グルコピロニウム/インダカテロール配合剤を使用中においても動的肺過膨張の存在が考えられた.プロカテロールの吸入はIC40を有意に増加させて,呼吸数増加によるIC減少量(ΔIC40-ICrest)を改善させており(図1B),動的肺過膨張が改善したと考えられた.プロカテロールは臨床で使用されているβ2刺激剤の中でも気道平滑筋弛緩作用における固有活性が強い.in vitroでの検討では,LABAであるホルモテロールやサルメテロール存在下においても,プロカテロールはサルブタモールと比較し気道平滑筋の弛緩作用が維持される10).本研究ではLABAであるインダカテロール使用中にもかかわらずプロカテロールによりICが上昇することを示しており,プロカテロールによる気道平滑筋の弛緩作用はインダカテロール存在下でも維持されることが考えられた.
アシストユースの効果発現の機序が動的肺過膨張の改善であることから,プロカテロールによる動的肺過膨張の改善がアシストユースの効果に影響することが予想される.実際,対象症例の86.7%(13例)においてアシストユースにより体動時の呼吸困難が改善した.また,アシストユースの効果を認めた症例においては,プロカテロール吸入よるIC40の増加率が高い症例ほどアシストユースの回数が多い傾向を認め(図2),IC40の増加率がアシストユースの効果の予測因子となる可能性が示唆された.一方で,対象症例のうち2例ではアシストユースの効果を実感されず,その後のプロカテロールの処方は希望されなかった.COPD患者における身体活動性低下の原因としてうつ・不安症状の存在が報告されており11),これらの症例ではうつ・不安症状によりアシストユースのみでは呼吸困難感が改善できなかった可能性や,SABAを使用することへの恐怖感があった可能性があると思われた.
本研究において動的過膨張の評価方法として過換気法を行ったが,IC低下による動的過膨張の評価の比較において,過換気法と運動負荷ではIC低下はほぼ同様で有意差は認められず,過換気法は非侵襲的な動的過膨張の評価と考えられる12).今後はグルコピロニウム/インダカテロールをはじめとしたLAMAとLABAの合剤を使用しても体動時呼吸困難が残存するCOPD症例において,過換気法による動的肺過膨張の評価を行い,プロカテロール吸入によって動的過膨張の改善効果を認める症例には積極的にアシストユースを導入したいと考えている.また,今回はSABAの吸入回数によってアシストユースの効果の検討を行ったが,アシストユースの真の目的は体動時呼吸困難の改善に伴う身体活動性の維持向上であり,身体活動性の評価も行い有効性を示せればと考えている.
本論文の要旨は,第27回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2017年11月,宮城)で発表し,座長推薦を受けた.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.