日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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シンポジウム
呼吸療法専門医のコンピテンシー
中澤 弘一内山 昭則小谷 透小松 孝美佐藤 暢一鈴木 裕之髙橋 伸二渡海 裕文尾頭 希代子行岡 秀和藤野 裕士
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2020 年 29 巻 1 号 p. 10-12

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要旨

呼吸療法専門医制度が発足してから10年目を迎えた.その節目を前に呼吸療法医学会専門医委員会では2017年に呼吸療法専門医の現状と問題を探るべく,専門医に対するアンケート調査を実施した.呼吸療法医学会はこれまでに急性期病床における急性疾患や人工呼吸を主として扱ってきたが,呼吸療法が多職種によるチームワークで成り立ち,患者の急性期から回復期までを包括的にみていかなければならないこともあり,幅広い見識も要求される.そのことを踏まえ,今後は専門医にはそのようなコメディカルや医師を育成する役割が求められる.また,良質な呼吸療法を地域差なく提供するために専門医の育成と専門医研修施設の整備が急務であると考えられる.

呼吸療法医学会の歴史

呼吸療法医学会は,呼吸ケア・リハビリテーション学会とほぼ同時期に発足し,ほぼ類似した経緯をたどっている.呼吸療法医学会の前身は1979年の第1回人工呼吸研究会にさかのぼる.当時は主として麻酔科医によって開設された国内のICUも歴史は浅く,陽圧式の人工呼吸器ですら普及するようになって30年程度であったため,人工呼吸についての謎や疑問は多かった.人工呼吸研究会はそのような疑問や新しい体験を語ったり意見をぶつけあったりする場であり,規模は小さいながらも活況を呈していた.

1990年代前半まではhigh frequency oscillatory ventilation(HFOV)やhigh frequency jet ventilation(HFJV),airway pressure release ventilation(APRV),inverse ratio ventilation(IRV),pressure support ventilation(PSV)といった新しい換気モードが登場し,permissive hypercapniaのような新しい概念が次々と話題になった.この研究会は1つの会場でありながら集中治療医学会や麻酔科学会では語りつくせない人工呼吸治療に特化した話題を奥深くまで追及できる有意義な場であった.

その後1992年に学会に昇格し人工呼吸学会となり,1996年に呼吸療法医学会に改名した.学会に昇格してからは呼吸療法に関わるコメディカルが合流するようになった一方で,規模が少し大きくなって会場が細分化されたためか,学会会場での議論もやや活発さに欠け内容も希薄になった.そのことは学会機関紙「人工呼吸」への投稿にも表れた.2005年から3年間機関誌「人工呼吸」の編集委員長に携わった筆者は,紙面を埋めるために特集を組み,機器のユーザーレポートを集めるのが主たる役割で,査読を要するような原著の投稿は極めて少なく,学会の将来を憂慮した.そのような状況で,2001年と2003年には呼吸ケア・リハビリテーション学会の前身であった呼吸管理学会と合同で学会開催を企画して活性化を図ろうとする機運もあったが,継続は叶わなかった.その中で呼吸療法専門医制度の発足は本学会の在り方や役割を考える良い機会となったと考えられる.

呼吸療法医学会の特徴

学会員構成の特徴であるが会員数では呼吸ケア・リハビリテーション学会の半分以下で,2,000名弱である.学会員の構成としては約半数が医師で占められ,続いて臨床工学技士,看護師の順に多いという状況である.呼吸療法医学会は人工呼吸研究会の流れを引き継ぎ人工呼吸,急性期呼吸器疾患をテーマとしているため,医師や臨床工学技士の割合が多いと想像される.呼吸療法医学会の社会貢献としては表1にあるガイドラインやプロトコルの考案がこれまでになされているほか,ECMOプロジェクトやRSTプロジェクトなどが立ち上がっている.

表1 呼吸療法医学会作成ガイドライン(公表年)
ARDS診療ガイドライン2016 3学会合同ARDS診療ガイドライン(2016)
成人症例のための高頻度振動換気療法(HFOV)プロトコル 人工呼吸32-2(2015)
人工呼吸器離脱に関する3学会合同プロトコル公開(2015)
急性呼吸不全に対する非侵襲的陽圧換気システム安全使用のための指針 人工呼吸31-2(2014)
気管吸引ガイドライン2013 人工呼吸30-1(2013)
急性呼吸不全による人工呼吸患者の栄養管理ガイドライン 2011年度版 人工呼吸29-1(2012)
人工呼吸器安全使用のための指針 第2版 人工呼吸28-2(2011)

呼吸療法専門医制度の確立

2009年に発足した専門医制度であるが,専門医を取得しているのは2017年時点で医師会員の14%に過ぎずこれは例えば麻酔科学会の会員に対する専門医と指導医の割合が60%以上であることからするとかなり少ない.専門医設立の目的は呼吸療法に関する専門的な知識と技術を有する医師を育てようということであった.しかし,その大きなきっかけは2009年の新型インフルエンザであった.設立の背景は公にはされていないが,2009年の新型インフルエンザ(H1N1)流行時に厚生労働省による標準治療ガイドライン作成が急務となり,呼吸器学会のような歴史と伝統ある学会と肩を並べてECMOをはじめとする急性呼吸不全への対応策を提言する必要があり,その際に他学会と比較して遜色のない制度,例えば本音を言えば専門医制度も確立されていないような学会の意見などに厚生労働省は耳を傾けないのではないか?といった危惧があった.2009年の初年度は評議員を自動的に専門医と認定したので現在の専門医の多くはそのような人で構成されている.翌2010年からは面接による試問により審査を開始したが,その後は専門医の認定は年々基準を厳格にしている.選考方法はまず書類選考で学会出席,発表,論文,そして診療実績を評価し,2014年にはより客観的な評価を行うことを目的として記述式試験を果たすようになった.出題範囲は呼吸療法全般にわたっているが,受験生には問題を選択する余地を持たせている.

専門医アンケートの実施とその結果の概略

その専門制度が発足してそろそろ10年の節目を迎えようという頃に,専門医の現状と役割はどうなっているのか把握するために一般社団法人日本呼吸療法医学会の専門医委員会が2017年に実施した専門医を対象とした現状調査をアンケート形式で行い,結果を集計し分析した1.対象は呼吸療法専門医143名で回答者数は89名で回答率は62%であった.

本専門医の所属学会としては過半数が集中治療医学会,麻酔科学会,救急医学会に所属していた.本専門医は日常臨床で93%が何らかの呼吸療法に関連する診療を行っていた.担当診療科としては集中治療に従事しているものが最も多く,次いで麻酔科,救急部,呼吸器科という順であった.専門医の多くは呼吸ケアチーム,院内セミナー,学生指導,コメディカル指導などで貢献していると答えていた.一方,10%が本専門医としての貢献はないと答えた.本専門医は特定の領域の見識を深く持っていればよいとする意見が11%であるのに対してまんべんなく呼吸療法に関する知識を身につけておくべきと答えたものが89%を占めた.

専門医の更新条件についてもこれまでの現状では学会出席のみで可能であったが,現状の学会出席と発表のみでよいとするものと講演などの聴講を点数化して一定の点数取得を義務化すべきとする意見に分かれた.

アンケートを踏まえた今後

本専門医の会員に対する割合は麻酔科学会や集中治療医学会などと比較するとはるかに少なく,また60代以降の世代の専門医が3割近くを占めていた.このために専門医が定年退職後に専門医や専門研修施設が不在となってしまっている地域も見受けられる.呼吸療法専門医には専門医やコメディカルの育成があげられるが,専門医受験資格として専門研修施設での研修が必須である.この点については,会員からも研修を受けたくても施設がないという指摘がされていた.このため専門医委員会では専門医や研修施設不在県の解消に向けて具体的な対策に乗り出している.

また専門医の質の維持向上のために,専門医更新条件を学会出席のみならず,講習や講演の聴講,発表や投稿などの研究業績を点数化し,点数取得を義務付けることを2019年度の認定者から適用することとした.さらに専門医には少なくとも呼吸療法の幅広い領域の見識を身につけておいてもらいたいことから,専門医試験受験にあたっての学習項目を掲げ,オンラインでの解説書を公表することとした.解説書は将来的には呼吸療法医学会の標準テキストとなることを目指し,2-3年のうちに改定を加えながら完成させる予定である.

呼吸療法専門医制度はまだ新しく,問題も多いが,呼吸療法という診療科のない領域を既存の各科専門医(呼吸器科専門医,麻酔科専門医,集中治療専門医)の枠を超えて呼吸療法の得意分野で隙間を埋めて急性期/慢性期呼吸器疾患患者に良質な医療を提供するという意味で貴重なスペシャリティーである.またチーム医療に従事するコメディカルの指導や教育も重要な役目である.3学会合同呼吸療法認定試験に毎年5,000人が挑戦していることを鑑みるとその教育的な役割と必要性は理解できるはずである.専門医になって得することは何か?という問いに具体的には答えにくいが,専門医が専門医たる役目を果たしさえすればが安全かつ機能的に診療を行う上での見返りは大きいと思われる.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

文献
  • 1)  一般社団法人日本呼吸療法医学会 専門医委員会:呼吸療法専門医の現状と問題点—専門医委員会アンケート結果—.人工呼吸:36: 83-87, 2019.
 
© 2020 一般社団法人日本呼吸ケア・リハビリテーション学会
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