2020 年 29 巻 1 号 p. 55-61
心不全患者では,労作時の呼吸困難・倦怠感による運動耐容能低下が問題点となることがある.こうした労作に伴う症状は心機能が低下した結果と捉えられがちだが,吸気筋の筋力低下が影響している可能性がある.実際に,心不全患者の吸気筋力は同世代の健常者と比較して低値を示し,吸気筋力は心不全患者の予後規定因子でもある.さらに吸気筋力が低下した患者に対する吸気筋トレーニング(IMT)では運動耐容能,呼吸困難感,QOLの改善が期待できる.
一方で,心不全は,他の疾患よりもトレーニングによる心負荷に考慮が必要である.30-40%PImaxの強度ではバイタルに大きな変動はないが,期外収縮の頻度が若干増加する場合もあるため,症例によってはモニタリング下での実施が望ましい.
心不全患者に対するIMT研究が進むとともに,IMTが心不全治療の一選択肢として認識されていくことが期待される.
横隔膜や外肋間筋といった吸気筋に対して,吸気抵抗負荷を付与することで行う吸気筋トレーニング(inspiratory muscle training: IMT)は,慢性閉塞性肺疾患(Chronic Obstructive Pulmonary Disease: COPD)をはじめとした呼吸器疾患を有する患者へのトレーニング方法として知られている.一方循環器の分野においては,1990年代にIMTの研究が出始めたが,その後国内では下火となっていた.近年,心疾患,特に心不全を対象としたIMT研究が再び脚光を浴び始めている.本稿では,心不全患者における吸気筋の果たす役割,吸気筋トレーニングの有用性とその安全性について概説する.
心不全とは,なんらかの心臓機能障害,すなわち,心臓に器質的および/あるいは機能的異常が生じて心ポンプ機能の代償機転が破綻した結果,呼吸困難・倦怠感や浮腫が出現し,それに伴い運動耐容能が低下する臨床症候群と定義されており1),増悪を繰り返しながら進行し,予後は不良である.慢性心不全患者では,労作に伴う呼吸困難や息切れ,疲労感によりADLが制限されることがあるが,その一因として,呼吸筋力の低下が考えられている2,3).当院の検討では,慢性心不全患者の最大吸気口腔内圧(Maximum Inspiratory Mouth Pressure: PImax)は,同年代の健常高齢者と比較して有意に低値を示し,基準値に対して約84.2%であった(図1(a)).またPImaxが基準値の70%未満まで低下している場合をInspiratory Muscle Weakness: IMWと呼ぶが,この割合は,慢性心不全患者で35.7%と,健常高齢者の18.5%より高値であった(図1(b)).海外の検討においても慢性心不全患者におけるIMWの割合は30-50%と報告されている4,5).心不全で吸気筋力が低下する要因に関しては,様々に議論がなされてきたが,心不全患者の吸気筋力と骨格筋力とに相関がみられることから,心不全において一般的にみられる骨格筋萎縮や筋力低下が,吸気筋にも生じていることが予想される(図2).実際に,心不全患者における横隔膜の機能低下(横隔膜の筋厚と収縮性の低下)が,吸気筋力の低下と関連していることが,日本の心不全患者を対象とした近年の研究で報告されている6).
慢性心不全患者と健常高齢者の吸気筋力の比較
(a)%PImaxの比較 (b)IMWを有する比率の比較
(a)The analysis was performed using student’s t-test(*P<0.05)
慢性心不全群(n=39, age: 72±12 yer),健常高齢群(n=27, age: 72±5 yer)
PImax, Maximum Inspiratory Mouth Pressure 最大吸気口腔内圧;IMW, Inspiratory Muscle Weakness
心不全患者の吸気筋力と骨格筋力との関連性
(a)PImaxと握力との関連性 (b)PImaxと膝伸展筋力との関連性
The analysis was performed using Pearson’s product-moment correlation coefficient.(P<0.05)
45名の心不全患者(age: 71±10 yer, EF: 41.3±17.1%)で,吸気筋力と骨格筋力との相関を示した.
PImax, Maximum Inspiratory Mouth Pressure 最大吸気口腔内圧
心不全患者の吸気筋力低下において重要なことは,生命予後との関連である.心不全患者の予後規定因子としては,運動耐容能7)や骨格筋力8)が知られているが,吸気筋力もまた同様に予後と関連することが報告されている.Meyerらは,心不全患者に行った3年間の追跡調査で,PImaxが 54 cmH2O以下の群の死亡率は50%に達し,100 cmH2Oより高値の群の死亡率15%と比較し3倍にもおよぶことを報告している9).
吸気筋力は,他の骨格筋力や運動耐容能の指標と比べ,日常診療において測定される機会の少ない項目であると思われるが,心不全患者のQOLや予後とも関連し,評価するべき指標である.
心不全患者に対するIMTの検討は,すでに複数のメタアナリシスおよびシステマティックレビューも行われている10,11,12).いずれの検討でも,概ね見解は一致しており,IMTは,吸気筋力,運動耐容能の向上,呼吸困難感およびQOLの改善に有効であるとするものが多い.また,通常の運動療法(有酸素運動)とIMTとを組み合わせた介入研究のメタアナリシスでは,運動療法単独群と比較して,吸気筋力およびQOLの改善が示されたが,peak
これらのIMT研究の結果を受けて,我が国の心大血管疾患理学療法診療ガイドライン14)において,IMTはエビデンスレベル1,推奨グレードBとされており,呼吸筋力の低下が運動制限因子となっている可能性がある慢性心不全に対して,従来の運動療法に加え,補完的に行うことが推奨されている.
心不全患者に対するIMTの処方としては,強度をPImaxの30%から開始し,60%まで漸増し,1セット20-30分程度とすること,頻度は3-5回/週,8週間以上継続することが推奨されている15).ただし,1セット20-30分程度という設定は,高齢者の多い日本人心不全患者を対象に考えたときには,あまり現実的ではない.COPDを対象としたわが国の研究では,回数を指標とした短時間で可能なIMTの検討が進められている16).心不全患者を対象とした回数指定のIMTに関する検討も今後増えていくと考えられる.
当院では,発症・増悪から比較的早期の入院期にある心不全患者に対して,通常の運動療法にIMTを実施した際の効果を検証している.急性期を脱したのちに2週間40%PImaxの強度でIMTを実施したところ,プラセボ群(10%PImax)と比較して,PImaxおよび,6分間歩行試験(6 Minutes Walking Test: 6MWT)時のBorg scaleで有意な改善を認めた(図3).一方で6分間歩行距離(6 Minutes Walking Distance: 6MWD)自体はプラセボ群と比較して改善は得られなかった.これまでの研究とは異なり,入院期にある患者が対象であったが,IMTが原因と考えられる心不全の増悪が見られなかったことも,特筆すべき結果と考えている.
入院期心不全患者に対する短期間IMTの効果
(a)IMTによるPImaxの変化 (b)IMT前後でのBorg Scale変化量
(a)The analysis was performed using ANOVA for split-plot factorial design.
(b)The analysis was performed using Mann-Whitney U test(*P<0.05)
IMT群(n=13, age: 70±11 yer, EF: 39.7±16.9%)とプラセボ群(n=11, age: 69±12 yer,EF: 37.3±15.1%)とでIMTの効果を比較した.IMTは,1セット30呼吸を1日2回,2週間継続実施した.IMT群の負荷強度は40%PImax,プラセボ群では10%PImaxに設定した.
PImax, Maximum Inspiratory Mouth Pressure 最大吸気口腔内圧;IMT, Inspiratory Muscle Training 吸気筋トレーニング
運動耐容能は呼吸器(換気),循環器(ポンプならびに循環),運動器(筋機能)の総合能力によって規定される.吸気筋と運動耐容能との関係としては,換気能力によるところが大きいと考えられがちであるが,単にそれだけにとどまらない.運動に伴う呼吸筋の疲労は,吸気筋代謝性反射(the inspiratory metaboreflex)を引き起こすことが知られている17,18).吸気筋疲労をきっかけに,交感神経活動が亢進し,骨格筋の血管収縮が促進される.その結果として,活動筋への血流(酸素)が制限され,筋疲労が出現しやすくなるという現象である(図4).さらに,吸気筋力が高度に低下した心不全患者においては,このmetaboreflexが健常者よりも強く反応し,より顕著な骨格筋の血流低下を示すことが報告されている18).このように,心不全患者の吸気筋力低下による弊害は,筋血流低下を介して運動耐容能低下という形で表在化する.IMTは,metaboreflexによる筋血流の低下を抑える効果があることも報告されており,IMTによる運動耐容能改善の根拠と考えられている17,19).
吸気筋代謝性反射(the inspiratory metaboreflex)(文献17より改変引用)
運動・労作に伴う吸気筋の疲労が,吸気筋代謝性反射(the inspiratory metaboliflex)を引き起こし,その際の反応が求心性神経を介して大脳へフィードバックされ,大脳からは遠心性神経を介して骨格筋へ伝えられる.交感神経活動は亢進し,血管が収縮することで活動筋への酸素運搬能が低下する.これが結果として骨格筋疲労を早期に生じさせる要因となる.
吸気抵抗負荷を行うIMTは,日ごろ経験することの少ないトレーニング形式であり,慣れないうちは強い疲労感を訴える患者がいることも経験上事実である.特に心不全患者を対象とした場合,IMTによる心負荷がどの程度であるかは十分に検証されていない.Ramos PSらによる心疾患患者を対象としたIMT中の血行動態に関する研究では,30%PImaxで15回を2セットという限局的なトレーニングプロトコルながら,IMTに伴い血圧,心拍数の有意な変化がないこと,臨床上問題となる不整脈は確認されなかったことが報告されている20).著者らは,一拍ごとの血圧を測定できる連続血圧・血行動態測定装置Finometor MIDI(ゼロシーセブン株式会社製)を用いて,IMT中の血圧および脈拍の推移を測定した(図5).IMTは40%PImaxの強度とし,5分間持続的に行った.その結果,IMT中の血圧は,収縮期,拡張期ともに安静時と同程度で推移し,有意な変化を認めなかった.一方で,脈拍については,IMT開始から約3分間上昇を続け,以降はプラトーとなり,負荷終了後は速やかに安静時のレベルに復帰した.脈拍の経時変化には有意差を認め,開始3分の時点で安静時と比較して有意な脈拍上昇を示した(安静時+7±5 bpm).しかしながら,脈拍上昇は10に満たない程度の上昇であり,臨床的には留意すべき負荷ではないと言える.加えて我々は,IMT中に記録したモニター心電図から,不整脈出現頻度の変化についても検討した(表1).その結果,IMT中に不整脈の出現あるいは頻度増加が見られた患者の割合は12.5%であった.ただし,いずれも単発の心室期外収縮で,Lown分類grade 2 以下のものであり,治療を要するものではなかった.
IMTによる血行動態の変化
(a)IMTによる血圧の推移 (b)IMTによる脈拍の推移
The analysis was performed using repeated measure ANOVA.(*P<0.05): *time effect. Post hoc test was performed using Bonferroni test.(†P<0.05)
16名の心不全患者を対象に,5分間のIMT(40%PImax)を実施し,その前後も含めて,一拍ごとの収縮期血圧,拡張期血圧,脈拍を測定した.グラフは30秒ごとに平均値をとり,経時的な推移を示した.
IMT, Inspiratory Muscle Training 吸気筋トレーニング
No | type | pre IMT | IMT | post IMT | device |
---|---|---|---|---|---|
1 | - | 0 | 0 | 0 | - |
2 | - | 0 | 0 | 0 | - |
3 | PVC | 4 | 7 | 4 | PM |
4 | PVC | 0 | 2 | 0 | - |
5 | - | 0 | 0 | 0 | ICD |
6 | - | 0 | 0 | 0 | - |
7 | - | 0 | 0 | 0 | ICD |
8 | PVC | 0 | 0 | 1 | - |
9 | - | 0 | 0 | 0 | - |
10 | PVC | 2 | 2 | 2 | - |
11 | - | 0 | 0 | 0 | - |
12 | - | 0 | 0 | 0 | - |
13 | APC | 1 | 1 | 1 | - |
14 | - | 0 | 0 | 0 | PM |
15 | PVC | 5 | 5 | 2 | - |
16 | - | 1 | 0 | 0 | - |
16名の心不全患者を対象に5分間のIMT(40%PImax)を実施した際に出現した不整脈の種類,出現頻度,デバイスの有無を記載した.不整脈出現頻度は1分間の出現頻度に換算して記載した.
IMT, Inspiratory Muscle Training 吸気筋トレーニング
このように心不全患者に対するIMTは30-40%PImax程度の負荷強度で行う場合には安全に施行可能と考えられるが,期外収縮の頻度が増加することは少なからずあり,不整脈の合併や既往によっては,モニタリング下で開始するなどの対策が必要と考える.また,先に示した吸気筋のmetaboreflexでは,交感神経の亢進,骨格筋の血管収縮といった反応を示すが,これらはいずれも血圧の上昇につながる現象である.若年男女と高齢男女でmetaboreflexが生じた際の血行動態をみたSmithらの研究21)では,高齢女性において,若年女性より吸気抵抗負荷に対して血圧上昇が大きいことを報告している.高齢男性においても若年男性より大きな血圧上昇を示す傾向にあった.我々の検討したIMTの強度では,血圧の上昇は見られなかったが,高齢心不全患者にmetaboreflexを誘発すると考えられる強度(60%PImax以上)でIMTを行う場合には,過度な血圧上昇がないか評価することが必要と考える.
実際に心不全患者の労作時呼吸困難感の改善を狙いとしてIMTを行う場合には,呼吸困難感の原因について考慮が必要である.心不全患者の呼吸困難感の原因は吸気筋力の低下とは限らない.換気自体に障害がなくとも,心拍出量(肺血流量)が少ないために生じる換気血流比(VA/Q)ミスマッチが慢性心不全患者においては生じることが知られており,この換気血流不均衡により,一回換気量に対する生理学的死腔の比を表す死腔換気率(VD/VT)が増大する22).つまり心不全では換気効率が非常に悪い状態であり,それを補うように,呼吸数を増大させた結果が息弾み,呼吸困難感として現れる.また,心不全患者は嫌気性代謝が亢進しており,乳酸の過剰分泌に対して重炭酸イオンが緩衝する結果,多量の二酸化炭素が発生し換気が増大する.こうした要因が重なり,心不全の労作時呼吸困難は発生するとされている22,23).また,心不全の発症早期や増悪の時期には肺うっ血や胸水の存在により軽労作での呼吸苦が生じる.労作時呼吸困難が見られたとしても,肺血流量の低下や,うっ血,胸水が原因である場合,IMTが効果を発揮するとは考えにくい.一言に心不全といっても,原因疾患や病態は様々であり,吸気筋力の低下が背景にあるのか,増悪を来していないかなど,患者ごとにしっかりとアセスメントし,適応を定めていくことが肝要である.
心不全に対する運動療法は,有酸素運動と骨格筋トレーニングの併用で進めるのが一般的である.しかしながら,病態が落ち着いているにも関わらず,わずかな労作で息弾みを示す患者もみられ,そうした患者では吸気筋力が極端に低下している可能性がある.本稿で示した通り,吸気筋力は心不全患者にとっての予後規定因子であり,またIMTにより,運動耐容能の改善や,労作時呼吸困難感,ひいてはQOLの改善が期待できる.まだ心不全患者の心臓リハビリテーションプログラムとして一般的ではないIMTであるが,吸気筋力を評価し,IMWを呈する患者にはIMTを実施するといったように,心臓リハビリテーション,心大血管疾患理学療法をより効果的に行うための選択肢としてIMTが普及していくことが期待される.
最後に,心不全患者に対するIMTの研究はまだ十分ではない.予後改善に貢献するのか,左室駆出率の保たれた心不全(Heart Failure preserved Ejection Fraction: HFpEF)への効果,至適なプログラムは何かなど,我々が検討すべき課題は山積している.特に日本人を対象としたデータは非常に少ないのが現状である.今後,この領域の研究がさらに広がり進んでいくことも期待される.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.