2020 年 29 巻 2 号 p. 260-263
わが国における緩和ケアは,がんを中心に発展してきた.しかし,緩和ケアの対象は生命を脅かすあらゆる疾患であり,非がん疾患に対する緩和ケアの提供という点で日本は発展途上にあると言わざるを得ない.わが国の緩和医療従事者は,必ずしも非がん患者への緩和ケアに精通しているわけではない.呼吸器疾患患者においても,緩和ケアおよびエンド・オブ・ライフケアは重要な課題である.これまで,がん診療の中で醸成されてきた緩和ケアのエッセンス(全人的ケア,疾患の見通し,症状緩和,開始時期,アドバンス・ケア・プランニングなど)を呼吸器と緩和ケアの専門家が共有し,診療・教育・研究での協働により呼吸器疾患患者に対する理想的なエンド・オブ・ライフケアの提供が期待される.
わが国における緩和ケアは,がん患者を中心として展開してきた1).しかし,WHOによる定義では緩和ケアの対象は「生命を脅かす疾患」とされており2),近年,わが国においても非がん疾患への緩和ケアは重要な課題の一つである.米国ではホスピスケアを受けている患者のうち,がん患者は約1/3であるのに対して非がん患者の方が2/3と多く,呼吸器疾患の患者は11%である3).また,欧米の研究においては,非がん疾患患者の多くは苦痛を感じたまま最期を迎えていることが明らかにされている4).終末期に緩和ケアが必要な成人は約2,000万人と見込まれ,そのうちの10%が慢性閉塞性肺疾患であるとされている5).したがって,呼吸器疾患患者に対するエンド・オブ・ライフケアは今後の重要な課題である.本稿では,呼吸器専門医と緩和医療専門医の協働のために重要なことを海外での知見をもとに論じる.尚,本稿においては,主に終末期における緩和ケアをエンド・オブ・ライフケア(以下,EOLケア)と定義する.
平成27年の人口動態統計によると年間死亡数1,290,444人のうち,悪性新生物による死亡数は370,346人(28.7%)であり,循環器系疾患,呼吸器系疾患,神経系疾患,腎不全,老衰を合わせると582,517人(年間死亡者の45.1%)に相当する6).したがって,EOLケアを必要としている患者は,がん患者よりも非がん患者の方が多いと推測される.
筆者らが実施した日本緩和医療学会の代議員を対象としたアンケートでは,ほとんどの医療従事者は非がん疾患への緩和ケアは重要であることを認めつつも,自信がないということが明らかになった7).一方,日本緩和医療学会が実施している緩和ケアチーム登録解析では,91,700名の患者が登録されていたが,非がん疾患はわずか3.9%であった8).さらに,非がん疾患を疾患別にみると2017年度では,循環器疾患が23.4%と最も多いが,呼吸器疾患は15.8%と2番目に多い疾患であった.
以上より,呼吸器疾患患者へ緩和ケアおよびEOLケアを普及させるためには,緩和医療専門医からのアプローチだけでは不十分であり,呼吸器専門医と緩和医療専門医の協働が必須であると考えられる.現在,日本においては,心不全患者の緩和ケアが政策的にも推進されているが,今後は呼吸器疾患への緩和ケアが重要視されるものと考えられる.
呼吸器疾患患者に対する緩和ケアの具体的な内容として,疾患に対する治療と緩和ケアを統合したIntegrated Palliative Careという考え方は注目に値する.Sioutaらは,①疾患の限界と予後に関する話し合い,②全人的なアセスメントの推奨,③アセスメントの時期の推奨(紹介基準),④緩和ケアを開始する時期の推奨,⑤ケアのゴールのアセスメント,⑥疾患の進行に応じたゴールの調整,⑦必要に応じた苦痛緩和,⑧アドバンス・ケア・プランニング(以下,ACP),⑨緩和ケアチーム介入の推奨,⑩看取り期の推奨,⑪悲嘆や死別ケアの推奨など11の項目を挙げている9).
呼吸器疾患患者に対して緩和ケアを開始する時期については,オーストラリアとニュージーランドでの調査研究が参考になる.呼吸器専門医177名が緩和ケア専門へ紹介した理由として,「全人的ケア」「家族などケア提供者へのサポート」「将来的なEOLケア」などが挙げられている(図1)10).一方,紹介しない理由として,「基本的緩和ケアは自分でできる」「緩和ケアサービスが利用できない」「12ヶ月以内に死亡するとは思えない」ことが多かった.また,オランダの呼吸器専門医256名を対象とした調査では,慢性閉塞性肺疾患(以下,COPD)患者に緩和ケアをする時期として,「繰り返す入院」「医師の感覚・経験」「患者の希望」「重篤な併存疾患」などが多かった(図2)11).
呼吸器専門医から専門的緩和ケアへの紹介
文献10)Smallwood N, et al. BMC Palliat Care 2018をもとに作成
呼吸器専門医が考えるCOPD患者へ緩和ケアを開始する時期
文献11)Duenk RG, et al. Int J Chron Obstruct Pulmon Dis 2017をもとに作成
これらの調査研究からは,呼吸器疾患患者へ緩和ケアを適切に提供するためには,呼吸器専門医が疾患の見通しと適切な評価を行うことや呼吸器と緩和ケアの専門家の連携が重要であることが理解できる.
VermylenらはCOPDにおける緩和ケアのモデルを提示しており,原疾患の治療をベースとしながら緩和ケアが徐々に増えていくことを推奨している(図3)12).これは,COPDの進行に伴って症状が増強していくことや心理社会面での問題が複雑化していくことの現れと考えられる.呼吸リハビリの役目も大きく,ある一定の時期までには呼吸リハビリのウェイトが重視されている点も着目すべきである.
呼吸器疾患患者への緩和ケアモデル
文献12)Vermylen JH, et al. Int J Chron Obstruct Pulmon Dis 2015をもとに作成
ここまで述べてきたことを踏まえて,呼吸器疾患患者のEOLケアにおいて呼吸器と緩和医療の各専門家が協働できる方向性を考えてみる.呼吸器専門医に対して求められることは,緩和ケアアプローチとACPの役割分担が挙げられるのではないだろうか.
緩和ケアアプローチという考え方は,イギリス,アイルランドやオーストラリアなどの国で提唱されている.緩和ケアは,3つの階層「緩和ケアアプローチ」「基本的緩和ケア」「専門的緩和ケア」から成り立つと考えられている5).緩和ケアアプローチはすべての医療従事者が身につけるべきものであり,①良好なQOLの重視,②全人的アプローチ,③患者と家族を包合するケア,④患者の自律と選択を重視する態度,⑤率直かつ思いやりのあるコミュニケーションが重視されている13).少なくとも①から⑤までを診療の中で意識的に実践するだけでも,より良いEOLケアにつながると考えられる.
ACPに関しては,呼吸器専門医と緩和医療専門医のACPの内容に若干の相違があることが明らかにされており,後者は「緩和ケアの説明と適応」「COPDの最期」「予後」などについて話し合うことが多かった10).疾患の経過の中では異なるACPが求められ,双方の専門家が役割分担をすることで望ましいACPを展開できるのではないかと考えられる.
一方,緩和医療専門医には「呼吸器疾患に関する基本的知識の習得」「信頼されるに足るスキルの習得」などが重要ではないかと考えられる.臨床を実践していく上で,施設単位で実施可能なことは外来や入院患者の併診,カンファレンスなどが挙げられる.また,学術団体レベルでできることとして各種ガイドラインの作成,合同シンポジウム開催や研修プログラムの構築なども考えられる.著者らが実施した前述のアンケートでは,緩和医療の医療従事者は非がん疾患の緩和ケア教育において重要であると考えていることは,「コミュニケーション」「多職種チーム医療」「包括的アセスメント」「倫理的な問題への対応」などが多かった(図4)7).したがって,これらの要素を呼吸器専門医と共有しながら,ともに臨床を深めていくことで呼吸器疾患患者にとって質の高いEOLケアにつながると考えられる.
緩和ケアの専門家からみた緩和ケア教育として重要と考えられること
文献7)大坂 巌ら.Palliat Care Res 2018をもとに作成
呼吸器疾患患者に対するEOLケアについて,海外での知見をもとに今後の課題について言及してきた.あくまでも理想論に過ぎず,すぐに臨床現場で活かせるものではないかも知れないが,呼吸器専門医と緩和医療専門医の協働こそが最大の鍵を握っていることに疑いの余地はない.
本稿は,第29回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会で行われた日本緩和医療学会との共同企画「呼吸疾患患者の人生の最終段階とアドバンス・ケア・プランニング」で発表した内容をもとに寄稿した.
本共同企画をご考案いただき,座長の労をお取りくださった津田徹先生,坪井知正先生に感謝申し上げます.
大坂 巌;講演料(ムンディファーマ)